2007年1月8日設置
サイト→http://warakosu.syarasoujyu.com/
あるところに下山咲(しもやまさき)という場所がございまして・・・
何の変哲も無い住宅地ながら、林に野原に公園に、実にとりどりのキノコ達が生えておりました。
人間達は気づきません。彼らがそんなに多種多様だとは。彼らがそんなに生きているとは。
そして彼らが、人間達をどう思っているのかも。

菌曜連続深夜ドラマ
キノコな僕ら
第六話「その菌は愛の残骸を食った」
「・・・会いに行くって言ってない」
と、カエンタケには意地を張って見せたドクツルタケでございましたが。
やっぱり彼は、会いに来てしまったのでした。
スギヒラタケのいるという林は、下山咲の土地でも大分外れの、何となく荒んだ場所でありました。
町が出来た当初、ここは杉の人工林になるはずでした。しかしいくらか植えたところで、どうも土が合わないという事になったのです。やり直すお金も無かったのでしょう、そのまま切るでもなく抜くでもなく放っておかれて、今に至る次第でございます。
人間とは、まことに心変わりのしやすいもので。
当然、林にはよく成長もしないまま枯れた杉の木がごろごろありました。
スギヒラタケは、そんな芯から枯れた針葉樹を好んで食う、木材腐朽菌でございます。
「うふふふふ・・・いらっしゃあい」
ドクツルタケがやって来た時、彼女はとっくに気がついていて、乾いた幹の上からさも嬉しそうに笑いました。
「スギね、今日はとってもいいことがありそうな気がしてたの。そしたら、ほらね、ドクツルタケが来てくれた」
ほとんど白い傘はなめらかに襞うち、肉は薄く、偏芯性。群生する姿も可憐で、笑顔には心からの喜びがありました。
ドクツルタケは、しかしどうしてか、居心地が悪いような気がしたのです。
「・・・久しぶりだな」
と、彼は言いました。
するとスギヒラタケは、ちょっと傘をかしげてこう言いました。
「初めまして、だよ?スギはもう、昔のスギじゃないんだもん」
「・・・・・」
「スギのこと、知っててくれた?スギの噂、聞いててくれたでしょう?ドクツルタケもスギの事、考えてくれてたよね?スギね、食用やめたの。ドクツルタケも知っててくれたねえ?」
「ああ。噂では、聞いた」
「そうだよねえ!」
スギヒラタケは喜んで、ぴょんぴょん揺れました。
「じゃあ今日は、スギとお話しにきてくれたのね?」
「ああ」
「やっぱりそうね!嬉しい!スギね、ドクツルタケのこと大好きだったの。今もずっと好きだよ?だからここに来たの。ようやく来れたの。スギは、生きてる木には居られないから。死んで、死んで、うんと死んだ木じゃないと」
木が枯れてからスギヒラタケが生えるまでには、6年ほどかかるとも言われます。
「スギもドクツルタケと一緒の毒キノコになったよ?大好きなドクツルタケと一緒で、スギはほんとに嬉しいの。スギは前よりもっとドクツルタケを傍に感じられる気がする。ドクツルタケも感じてくれるねえ?スギが傍にいるんだよ?」
「・・・俺は、別に感じない」
「そう?大丈夫だよ。スギ、ずっと傍にいるから。すぐに感じられるようになるよ」
ドクツルタケにはよくわかりませんでした。
彼は話を変えました。
「俺は、お前に聞きたい事があって来たんだ」
「なあに?スギ、なんでも教えてあげる。ドクツルタケが大好きだから」
「お前、どうやって毒になったんだ?」
「!ふふ、ドクツルタケもスギのこと好きね?スギのこと聞きたいって、そういうことだよねえ。あのねえ、スギが頑張ったの。とっても頑張ったんだよ」
「・・・。どんな風に」
「人間が、スギのこと好きだって言ったの」
「?」
「スギのこと皆で探しに来るの。スギ、美味しいから。時々スギの為に喧嘩もしたの。キノコを採る人間って縄張りっていうのがあるの。誰かの縄張りには他の人間が入っちゃいけないの。入ると怒られるから、だから入らないか、こっそり入って盗むんだよ」
「!」
「スギね、何度も盗まれたの。盗む人は、自分の縄張りじゃないから、後の事なんて考えないねえ。スギのこと、根こそぎ採るんだよ。スギが胞子つくる前にもう全部採って採って・・・スギ、怖くなったよ。このままじゃスギがなくなっちゃう。消えちゃうって思った。だから、増えなきゃいけなかった」
スギヒラタケの眼は、ドクツルタケを見ているようで、さらにその先のずっと土の奥深くを見ているようでした。
「スギ、増えるためにいっぱい食べたの。たくさん栄養を取って、スギが増えれば増えるほど来る人間も増えたけど、でもスギ、負けなかったよ。だって皆、スギのこと好きだって言ってくれたから。だったらスギも頑張らなくちゃって。それで食べて食べて食べて・・・死んだ木を食べて、死にかけた木にも齧りついて、人間が置いて行ったゴミの腐ったのだって、食べたの」
そしたら、とスギヒラタケは甘いような息をつきました。
「そしたらね、人間が死んだの」
「・・・死んだ?」
「うん。スギを食べた人が、病気になって死んだ。意識がなくなって、痙攣して。急性脳症って言うんだって。スギのせいだよ?スギはいつの間にか、毒キノコになってたの」
「・・・・・」
「人間はスギを採りに来なくなったよ。ぱったりやめちゃったよ。スギねえ、ほっとしたの。もう無理矢理食べなくてよくなったから、すごくほっとした・・・すごく・・・・」
スギヒラタケは笑いましたが、ドクツルタケにはそれはただの高い声のように聞こえました。
嬉しさも面白さもそこには感じられませんでした。
「スギ・・・」
「スギのこと、あんなに好きって、言ったのにね」
「・・・・・」
「毒になったスギは、食べちゃいけない悪いキノコにされちゃった。スギヒラタケは危険です、スギヒラタケは毒キノコです、スギヒラタケは絶対に食べないで下さい、急にそんな風に言いふらして。スギ、ようやくわかったよ。人間はスギのことなんか、ほんとは好きじゃなかったの。好きって言ったのは嘘だったの。スギを根こそぎ採るための嘘だった。誰も誰も誰も、スギのことなんか好きじゃなかった!スギ、最初っから毒だったら良かったねえ!そしたら人間をもっと殺せてたはずだものねえ!人間なんて大っ嫌い!人間がスギのこと嫌いなら、スギだって人間なんか嫌いだよ!あんなに食べたくせに!あんなにスギを採って殺して食べたくせに!!」
叫んで枯れ木から飛び降りて。
スギヒラタケはドクツルタケに駆けより、傘を押しつけて呻きました。
「・・・ねえ?わかった?毒になるには食べればいいの。色んな色んな、悪いものを」
それは爛れて落ちた心の残骸を、啜ってしまった者の声でした。
まことに、キノコとは激情を秘める生き物でございます。・・・
何の変哲も無い住宅地ながら、林に野原に公園に、実にとりどりのキノコ達が生えておりました。
人間達は気づきません。彼らがそんなに多種多様だとは。彼らがそんなに生きているとは。
そして彼らが、人間達をどう思っているのかも。
菌曜連続深夜ドラマ
キノコな僕ら
第六話「その菌は愛の残骸を食った」
「・・・会いに行くって言ってない」
と、カエンタケには意地を張って見せたドクツルタケでございましたが。
やっぱり彼は、会いに来てしまったのでした。
スギヒラタケのいるという林は、下山咲の土地でも大分外れの、何となく荒んだ場所でありました。
町が出来た当初、ここは杉の人工林になるはずでした。しかしいくらか植えたところで、どうも土が合わないという事になったのです。やり直すお金も無かったのでしょう、そのまま切るでもなく抜くでもなく放っておかれて、今に至る次第でございます。
人間とは、まことに心変わりのしやすいもので。
当然、林にはよく成長もしないまま枯れた杉の木がごろごろありました。
スギヒラタケは、そんな芯から枯れた針葉樹を好んで食う、木材腐朽菌でございます。
「うふふふふ・・・いらっしゃあい」
ドクツルタケがやって来た時、彼女はとっくに気がついていて、乾いた幹の上からさも嬉しそうに笑いました。
「スギね、今日はとってもいいことがありそうな気がしてたの。そしたら、ほらね、ドクツルタケが来てくれた」
ほとんど白い傘はなめらかに襞うち、肉は薄く、偏芯性。群生する姿も可憐で、笑顔には心からの喜びがありました。
ドクツルタケは、しかしどうしてか、居心地が悪いような気がしたのです。
「・・・久しぶりだな」
と、彼は言いました。
するとスギヒラタケは、ちょっと傘をかしげてこう言いました。
「初めまして、だよ?スギはもう、昔のスギじゃないんだもん」
「・・・・・」
「スギのこと、知っててくれた?スギの噂、聞いててくれたでしょう?ドクツルタケもスギの事、考えてくれてたよね?スギね、食用やめたの。ドクツルタケも知っててくれたねえ?」
「ああ。噂では、聞いた」
「そうだよねえ!」
スギヒラタケは喜んで、ぴょんぴょん揺れました。
「じゃあ今日は、スギとお話しにきてくれたのね?」
「ああ」
「やっぱりそうね!嬉しい!スギね、ドクツルタケのこと大好きだったの。今もずっと好きだよ?だからここに来たの。ようやく来れたの。スギは、生きてる木には居られないから。死んで、死んで、うんと死んだ木じゃないと」
木が枯れてからスギヒラタケが生えるまでには、6年ほどかかるとも言われます。
「スギもドクツルタケと一緒の毒キノコになったよ?大好きなドクツルタケと一緒で、スギはほんとに嬉しいの。スギは前よりもっとドクツルタケを傍に感じられる気がする。ドクツルタケも感じてくれるねえ?スギが傍にいるんだよ?」
「・・・俺は、別に感じない」
「そう?大丈夫だよ。スギ、ずっと傍にいるから。すぐに感じられるようになるよ」
ドクツルタケにはよくわかりませんでした。
彼は話を変えました。
「俺は、お前に聞きたい事があって来たんだ」
「なあに?スギ、なんでも教えてあげる。ドクツルタケが大好きだから」
「お前、どうやって毒になったんだ?」
「!ふふ、ドクツルタケもスギのこと好きね?スギのこと聞きたいって、そういうことだよねえ。あのねえ、スギが頑張ったの。とっても頑張ったんだよ」
「・・・。どんな風に」
「人間が、スギのこと好きだって言ったの」
「?」
「スギのこと皆で探しに来るの。スギ、美味しいから。時々スギの為に喧嘩もしたの。キノコを採る人間って縄張りっていうのがあるの。誰かの縄張りには他の人間が入っちゃいけないの。入ると怒られるから、だから入らないか、こっそり入って盗むんだよ」
「!」
「スギね、何度も盗まれたの。盗む人は、自分の縄張りじゃないから、後の事なんて考えないねえ。スギのこと、根こそぎ採るんだよ。スギが胞子つくる前にもう全部採って採って・・・スギ、怖くなったよ。このままじゃスギがなくなっちゃう。消えちゃうって思った。だから、増えなきゃいけなかった」
スギヒラタケの眼は、ドクツルタケを見ているようで、さらにその先のずっと土の奥深くを見ているようでした。
「スギ、増えるためにいっぱい食べたの。たくさん栄養を取って、スギが増えれば増えるほど来る人間も増えたけど、でもスギ、負けなかったよ。だって皆、スギのこと好きだって言ってくれたから。だったらスギも頑張らなくちゃって。それで食べて食べて食べて・・・死んだ木を食べて、死にかけた木にも齧りついて、人間が置いて行ったゴミの腐ったのだって、食べたの」
そしたら、とスギヒラタケは甘いような息をつきました。
「そしたらね、人間が死んだの」
「・・・死んだ?」
「うん。スギを食べた人が、病気になって死んだ。意識がなくなって、痙攣して。急性脳症って言うんだって。スギのせいだよ?スギはいつの間にか、毒キノコになってたの」
「・・・・・」
「人間はスギを採りに来なくなったよ。ぱったりやめちゃったよ。スギねえ、ほっとしたの。もう無理矢理食べなくてよくなったから、すごくほっとした・・・すごく・・・・」
スギヒラタケは笑いましたが、ドクツルタケにはそれはただの高い声のように聞こえました。
嬉しさも面白さもそこには感じられませんでした。
「スギ・・・」
「スギのこと、あんなに好きって、言ったのにね」
「・・・・・」
「毒になったスギは、食べちゃいけない悪いキノコにされちゃった。スギヒラタケは危険です、スギヒラタケは毒キノコです、スギヒラタケは絶対に食べないで下さい、急にそんな風に言いふらして。スギ、ようやくわかったよ。人間はスギのことなんか、ほんとは好きじゃなかったの。好きって言ったのは嘘だったの。スギを根こそぎ採るための嘘だった。誰も誰も誰も、スギのことなんか好きじゃなかった!スギ、最初っから毒だったら良かったねえ!そしたら人間をもっと殺せてたはずだものねえ!人間なんて大っ嫌い!人間がスギのこと嫌いなら、スギだって人間なんか嫌いだよ!あんなに食べたくせに!あんなにスギを採って殺して食べたくせに!!」
叫んで枯れ木から飛び降りて。
スギヒラタケはドクツルタケに駆けより、傘を押しつけて呻きました。
「・・・ねえ?わかった?毒になるには食べればいいの。色んな色んな、悪いものを」
それは爛れて落ちた心の残骸を、啜ってしまった者の声でした。
まことに、キノコとは激情を秘める生き物でございます。・・・
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