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2007年1月8日設置 サイト→http://warakosu.syarasoujyu.com/
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白熱してる漫画村の問題について。

私はこれ、罪悪感とかモラルで語っても仕方ないと思うんですよ。
モラルって時代と大勢でガンガン変わりますからね。シティーハンターを今このまま連載始めたらPTAが火だるまになって殴りにくるじゃないですか絶対。それくらい変わるわけで。

要するに買うか買わないかの話なんで、単に物欲の問題だと思います。
私がBLEACHとCITY HUNTERを大人買いしたのだって、作者に還元とかそんな事をいちいち考えたわけじゃないですよ。
この作品が欲しくてしょうがなくなったから衝動に任せて買っただけです。
だって、読んだ人がすっげええ熱く語ってるんだもん。絶対面白いじゃん。

海賊版サイトって、要するに他人の家にあるものを勝手に読むみたいな感じなんですよね?それじゃ満足できないですよ。手に入れなきゃ気が済まない。
物を買うってのは結局そこじゃないですか。特に娯楽に関しては。

個人的に思うんですが、ダンシャリとか濫読とかをやたらにチヤホヤするからこんな感じになるんじゃないでしょうか。
私は、例えそれがミステリーで犯人もトリックも誰がどこで何を言うか全て暗記するほどもうわかってても好きな本はボロボロになるまで読み倒す熟読派です。こうなるとコスパとか問題外になりますよ。
読んだ本や漫画について語ると「よくそんなに覚えてるね」と言われる事が多いんですが、内容を忘れるようじゃ本は読んだと言えないだろおおおおおお!!!
良い本は1冊読んだらまず2週間はその事しか考えられなくなって、延々とページをめくり直すもんだよ!!
書物や文章には本来そういう力がある!あるんですよ!

漫画村が「コンテンツに金を払う時代じゃない。音楽と同じ。そんなに好きなら作者に募金すればいい」みたいなことを言ったようですが、はっきり間違ってると思います。
正論風なだけだ。

だいたい音楽と書籍では、生み出す人間がまったく違いますもん。
ミュージシャンは音楽と同時にミュージシャン自身がファンを持つという文化があって、ファンがミュージシャンに恋する文化もあるわけですよ。だからコンテンツをある程度解放しても、収益を得る道がある。
だがな、私はCITY HUNTERを読んで冴羽獠に抱かれたいとは思っても北条司に抱かれたいことには絶対ならない。いや、尊敬はする!心から尊敬はしているけれども!それとこれとは話が別だろ!
ていうか、音楽と違って書いてる内容と書いてる本人のイメージまるで違う事多いしな。
ミュージシャンは音楽と共に舞台で全身で表現することもありだと思いますよ。
でもCITY HUNTERを作者が前面に出て全身で表現するのは無理だろ。どう考えても。
それができないから漫画と言う媒体を取ってるのであってだな。

本や漫画の作家が自身の魅力でファンを作らなけりゃやっていけないような文化には、しちゃいけないと思います。つまんなくなりますよ。
作品に対して金を払うのは守るべき一線ですよ。

出版社も、物欲を煽る努力が絶対足りてないですよ。
漫画とか、試し読みで第一話とかやってるじゃないですか、でも第一話で心攫ってく漫画なんか私ワンピース以外見た事ないですよ。最初は皆下手だし。
その漫画でいっちばんカッコよくて読者を魅了できる話を厳選して知らしめてほしいんですよ。
そしたら少なくともそこまでは頑張って読みたいって思うじゃないですか。

BLEACHなんかは抜粋難しい方だと思いますけど、序盤のシバタの話とか良くないですか。
あれは話の構成もいいし、何より地獄の門が開くシーンがBLEACHの迫力をとてつもなく出している。あそこ本当大好き。
あとは格好良いキャラのシーンをバーン!バーン!って。なんかもっと、あるよ。「この漫画に惚れる予感」を煽れることがあるよ。

なんかね、ほんとそう思うんですよ。コンテンツに対して人がドライになりすぎっていうか。
もう好きぃぃぃぃぃ!!!!ってなって、うっかり財布をはたいてしまう。
無双とか漫画とか私そんなんばっかりですが、そうなるのがすっごい楽しいってことを、もっと世の中の人に知って欲しいです。
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ブリア・サヴァランの「美味礼讃」を読みはじめました。
・・・ら、序章も始まって無いうちから気になって仕方ない記述が登場。

「新鮮なバターによる肺炎の治療」って何だ。
発病後36時間以内に用いれば魔法のように効くらしいぞ。どういうことだ。どういう・・・どういうことだ?

医者のプロフィールはどうでもいいから治療法詳しく書けよサヴァラン!バターが何なんだよ!どう使うんだよ!


あと、人間の感覚は視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・生殖感覚の6つである、最後のは、だってこれも目・口・鼻みたいに一つの器官が担当してるじゃんとか、そういう主張別にいいから!
早く食い物の話しろよ!お前何を食う気なんだよ!


美味礼讃・・・だよな、この本・・・?
読んだら死にたくなりそうだと思って読まずにいた村上春樹「ノルウェイの森」を30歳にしてついに読みました。
読まないでおいて良かったよ。本当に死にたくなる本だったよ。

面白いです。とても。
セックスシーン多すぎるけどね。電車内で読んでるとポルノ読んでんだか何なんだかわからない時があったけどね。
しかし文章はものすごく良いですからね。
村上春樹は他に短編1冊しか読んだこと無いので、また気が向いたら他のも読んでみようと思います。でもちょっと今は重いわ。死にたくなったとこだから。



ほんとの中世。中世っつっても5~15世紀ですから1000年あります。長い。
その長い中で、古代ローマの特徴を持つ形から始まり、紆余曲折を経ながらもだんだんに丈が短くなっていく男性ファッションの最終的な帰結を見たとき、私は思った。さすがにこれは別途キンタマを防御せざるをえない。

というわけで、上図の流れからブラゲットの16世紀に入っていきます。
・・・嘘です。15世紀にはさすがにやりすぎを感じたのか、もう一度膝上丈まで戻りました。
しかしその時にはもうブラゲットも登場してました。やっぱりだ、やっぱり危険を感じたんだ。
6~13世紀の間にも、単に短くなる一方ではなくて、思い出したように丈長装束に戻る時代があります。

中世は絵画の技術も未熟で、資料にも乏しいそうですが、おっさんの愚痴によりモードの推移がわかるそうです。
「あんな丈の短いスリットの入った服が流行ってるせいで最も高貴であるべきフランスが汚辱にまみれた」
「若者の裾で床掃くようなずるずるの服は男が女性化した証拠。もう身軽に動ける男はいない」

などの記述が残ってるそうで。
いつの時代も同じだなあ・・・・

そんなこんなで、男性服を描くだけ描いて満足しました。やっぱかっこいいね、男の服は。



中世のイケメン貴族(全然中世じゃないんだが)、といったらぱっと浮かんじゃうのはこういう感じじゃないでしょうか。クラバットと、ジュストコール、その下にはジレにキュロット。おまけで羽根つき帽子。
ジュストコールはいいですよね・・・これ一枚で男っぷりが3割増しですよ。

ただしこのかっこいい衣装の時代(17世紀後半~18世紀)はヅラの全盛期でもあってだな。
股袋100年の後にはヅラの100年があった。美白のために毒物精製しては顔に塗りこんでいた女の流行に比べ、男のそれはバカで無害で愛しすぎる。
自宅ではヅラは蒸れるからふちなし帽で過ごしてたそうです。
カツラ流行の理由は諸説ありますが、個人的に好きなエピソードは、宮廷マナー設立時に貴族達が真剣に「マナーとは何か」を考え「それは人を傷つけないことだ」という過程を経て「ならば皆でヅラをかぶればハゲを傷つけることはない!」という目の覚めるような結論に至ったというやつです。フランス宮廷マジ紳士。
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