2007年1月8日設置
サイト→http://warakosu.syarasoujyu.com/
あるところに、下山咲(しもやまさき)という場所がございまして・・・
昔はマムシ森などと呼ばれた雑木生い茂る土地でございましたが、いつからか、幾度か、人間達が少しずつ崩しては均しまして、田を作り家を作り、そのうち小さい集合住宅なんぞも建てて、ささやかな町となったのでございます。
けれど今のそれのようによく考えられて作られた町ではありませんでしたから、人間の手入れをした以外のところは森や林がぽかりぽかりとそのまま残りまして、人間はそこにやっつけの木道などを取りつけて、自分たちの町の気の利いた自然公園のように考えたのでした。
これはそんな下山咲に住む人々のお話・・・
・・・ではなく。
人間よりももっと小さな小さな、ある生き物たちの物語でございます。
菌曜連続ドラマ
キノコな僕ら
第一話「白い関係」
「ドクツルタケ!おはよう!」
今、向こうから走って来た可愛らしい白いキノコは、シロフクロタケです。
ウラベニガサ科フクロタケ属、可食。
人間とは動作が違いますが、キノコも時によってはよく走るものなのでございます。
「おはよ。・・・つってももう遅いけど」
松の木の下で彼女を待っていたのはドクツルタケ。
テングタケ科テングタケ属。人が食べたら死ぬキノコでございます。
「急ぐぞ。お前、開園待ちしたいって言ったくせに、もう絶対に間に合わな・・・」
「待ってその前に!君に聞きたい事がある!」
「・・・何?」
「ドクツルタケ。君が、君が毒キノコだって本当なの!?」
・・・・・・
「・・・え?」
「答えて!」
「いや、そりゃ俺『ドク』ツルタケって言うぐらいだし」
「はぐらかさないで!」
「はぐら!?はぁ!?今更何言ってんだ、俺は毒だよ、当たり前だろ!?」
シロフクロタケは、傘の裏がほとんど褐色になるほどショックを受けたようでした。
「そんな・・・そうなんだ、やっぱり・・・やっぱり君は毒キノコなんだ・・・っ!」
「お前そんなことも知らなかったの?」
「知らなかったよ!だってドクツルタケ、自分のこと名前ぐらいしか教えてくれてないじゃないか!」
「名前教えれば十分だろ俺の場合。っていうか、今まで結構長い間一緒にいたし、いろんなところ二菌(ふたり)で行ったし、フンギーランドだって今日で何回目?ってくらいなのに、お前俺の事名前しか知らないみたいな・・・」
「知らないもの!でも、友茸だと思ってた!」
「友茸」とは、人でいうところの「友達」でございます。それ以上でも以下でもありません。
「・・・。俺は友茸のつもりなかったけど」
「!?ドクツルタケは私の事、友茸だと思ってなかったの?あんなに一緒に遊んだのに?ひどい!」
「・・・・・・・俺もひどいと思う。違う意味で」
シロフクロタケは大きな目をいっぱいに開いて白い傘を震わせています。
ドクツルタケはため息をつきました。
「お前、どこで俺が毒だって聞いたの?」
「聞いたんじゃないよ。昨日の朝、公園のとこで生えてたら人間が新聞を捨ててって、それに書いてた」
「・・・あんまそういうの拾うなよお前」
「ドクツルタケを食べて死んじゃう人間がいるって・・・内臓の細胞を破壊する致死率の極めて高い猛毒菌だって・・・内臓って何だか知らないけど、とにかく君は殺すんだ。しかも!君の見た目が私にそっくりだから人間は私と間違えて食べてしまうって!君も私も白いから!」
「乱暴だろ仕分けが。よく見ろよ。俺は首に膜状のツバがあるけどお前には無い。お前の柄は根元の方が太いけど俺は上から下まで同径。お前の傘の裏は成長するに従ってピンク色になるけど俺はずっと白いまま。だいぶ違うだろ」
「知らないよそんな細かいとこ!白くて大体同じ大きさだったら人間は全部同じに見えるんだ!知ってた?フグっていう魚はね、テトロドトキシンっていう猛毒を持ってて、1~2mgで人間の致死量なんだけど、でも部位や季節によって毒の含量にムラがあるから、実際フグをどれだけ食べたら死ぬのかなんてはっきりわからないんだって。でも、君は一本食べたらもう死ぬって!」
「お前俺のことは全然知らないのになんでフグのことはそんな詳しいの?・・・もしかしてランドよりシーの方が好きなのか・・・?」
「フンギーランドはもういいよ!」
「ひっで・・・」
「ドクツルタケ。毒キノコ、やめてよ」
「はぁ!?」
ドクツルタケが驚いたのも無理のないことでございました。
「やめてってお前」
「やめてよ毒なんか!カエンタケと同じになっちゃうよ!」
「ならねえよキノコが全然違うんだから」
「カエンタケのせいでベニナギナタタケがすっごい辛い思いしてるんだよ!知ってた!?」
「いや知らないし知ってたとしても俺いま自分の事で手一杯で他菌のこと考えてる余裕ない。お前のせいで」
「ドクツルタケっ、ねえっ」
シロフクロタケは激昂と興奮のあまりもうほとんど泣きそうでございます。
「君だって・・・君だってっ。本当は、毒なんて嫌なはずなんだ・・・っ」
「は?お前何言って・・・」
「だって君は外生菌根菌じゃないかっ・・・!君は本当は、自然に優しいキノコなんだっ」
外生菌根菌とは、生きた植物と栄養を分かち合って共生する菌のことでございます。
ちなみにシロフクロタケは腐生菌で、これは死体を食べてバラすタイプの菌なのでした。
「シロ・・・」
「どうしてっ・・・自然に優しいのに・・・人間には全然優しくないんだっ」
「・・・・・・・」
「ドクツルタケっ」
「・・・あのさ、シロ」
ドクツルタケはまた深々とため息をつきました。
「もし俺が毒をやめたら、お前はどうなるわけ?」
「?どうなるって?うれしくなる」
「そうじゃなくて。人間はお前と間違えて俺を食うんだろ?見分けつかないんだろ?っていうことは、逆に考えれば、俺がいるからお前が乱獲されないで済んでるってことじゃないのか」
「!」
「お前は食キノコだから人間を喜ばすの好きかもしれないけどさ、人間の中には見境なく菌糸ごとむしりとっていくような野蛮な奴らもいるんだぞ。俺がいなかったらどうやってお前、自分を守るんだよ」
「!!」
「少し考えろよ。色々さ」
「・・・そんな・・・じゃあ、ドクツルタケが毒なのは、私がいるから・・・?」
「いや違うと思うけど。生まれつきだけど。けど、お前の役に立つなら俺はそれでいいし。だから俺はお前のそばにい・・・」
「じゃあ!じゃあやっぱり、私はドクツルタケと一緒にいちゃ駄目なんだ!」
「!?はあ!?」
「私のせいでドクツルタケが毒になるなら、もう一緒にいれない!」
「それは違うっつったろ!聞いてた!?俺の話!」
「聞いてたよ!ドクツルタケは、私のこと友茸だと思ってなかった!」
「それは・・・言ったけど、お前もそこだけ聞いてたみたいだけど、でもお前わかってない!全然わかってない!」
「もういい!私は友茸だと思ってたけど、そんな風に思ってたなんて、もう知らない!ドクツルタケなんか嫌い!さよならっ!」
「ちょ・・・シロ!シロっ!!」
こうしてシロフクロタケはキノコのように走り去り、後には乱れた松葉の上、白々とただ一本きり、ドクツルタケが取り残されたのでございました。
まこと、キノコの世界にも色々なことがあるのでございます。・・・
昔はマムシ森などと呼ばれた雑木生い茂る土地でございましたが、いつからか、幾度か、人間達が少しずつ崩しては均しまして、田を作り家を作り、そのうち小さい集合住宅なんぞも建てて、ささやかな町となったのでございます。
けれど今のそれのようによく考えられて作られた町ではありませんでしたから、人間の手入れをした以外のところは森や林がぽかりぽかりとそのまま残りまして、人間はそこにやっつけの木道などを取りつけて、自分たちの町の気の利いた自然公園のように考えたのでした。
これはそんな下山咲に住む人々のお話・・・
・・・ではなく。
人間よりももっと小さな小さな、ある生き物たちの物語でございます。
菌曜連続ドラマ
キノコな僕ら
第一話「白い関係」
「ドクツルタケ!おはよう!」
今、向こうから走って来た可愛らしい白いキノコは、シロフクロタケです。
ウラベニガサ科フクロタケ属、可食。
人間とは動作が違いますが、キノコも時によってはよく走るものなのでございます。
「おはよ。・・・つってももう遅いけど」
松の木の下で彼女を待っていたのはドクツルタケ。
テングタケ科テングタケ属。人が食べたら死ぬキノコでございます。
「急ぐぞ。お前、開園待ちしたいって言ったくせに、もう絶対に間に合わな・・・」
「待ってその前に!君に聞きたい事がある!」
「・・・何?」
「ドクツルタケ。君が、君が毒キノコだって本当なの!?」
・・・・・・
「・・・え?」
「答えて!」
「いや、そりゃ俺『ドク』ツルタケって言うぐらいだし」
「はぐらかさないで!」
「はぐら!?はぁ!?今更何言ってんだ、俺は毒だよ、当たり前だろ!?」
シロフクロタケは、傘の裏がほとんど褐色になるほどショックを受けたようでした。
「そんな・・・そうなんだ、やっぱり・・・やっぱり君は毒キノコなんだ・・・っ!」
「お前そんなことも知らなかったの?」
「知らなかったよ!だってドクツルタケ、自分のこと名前ぐらいしか教えてくれてないじゃないか!」
「名前教えれば十分だろ俺の場合。っていうか、今まで結構長い間一緒にいたし、いろんなところ二菌(ふたり)で行ったし、フンギーランドだって今日で何回目?ってくらいなのに、お前俺の事名前しか知らないみたいな・・・」
「知らないもの!でも、友茸だと思ってた!」
「友茸」とは、人でいうところの「友達」でございます。それ以上でも以下でもありません。
「・・・。俺は友茸のつもりなかったけど」
「!?ドクツルタケは私の事、友茸だと思ってなかったの?あんなに一緒に遊んだのに?ひどい!」
「・・・・・・・俺もひどいと思う。違う意味で」
シロフクロタケは大きな目をいっぱいに開いて白い傘を震わせています。
ドクツルタケはため息をつきました。
「お前、どこで俺が毒だって聞いたの?」
「聞いたんじゃないよ。昨日の朝、公園のとこで生えてたら人間が新聞を捨ててって、それに書いてた」
「・・・あんまそういうの拾うなよお前」
「ドクツルタケを食べて死んじゃう人間がいるって・・・内臓の細胞を破壊する致死率の極めて高い猛毒菌だって・・・内臓って何だか知らないけど、とにかく君は殺すんだ。しかも!君の見た目が私にそっくりだから人間は私と間違えて食べてしまうって!君も私も白いから!」
「乱暴だろ仕分けが。よく見ろよ。俺は首に膜状のツバがあるけどお前には無い。お前の柄は根元の方が太いけど俺は上から下まで同径。お前の傘の裏は成長するに従ってピンク色になるけど俺はずっと白いまま。だいぶ違うだろ」
「知らないよそんな細かいとこ!白くて大体同じ大きさだったら人間は全部同じに見えるんだ!知ってた?フグっていう魚はね、テトロドトキシンっていう猛毒を持ってて、1~2mgで人間の致死量なんだけど、でも部位や季節によって毒の含量にムラがあるから、実際フグをどれだけ食べたら死ぬのかなんてはっきりわからないんだって。でも、君は一本食べたらもう死ぬって!」
「お前俺のことは全然知らないのになんでフグのことはそんな詳しいの?・・・もしかしてランドよりシーの方が好きなのか・・・?」
「フンギーランドはもういいよ!」
「ひっで・・・」
「ドクツルタケ。毒キノコ、やめてよ」
「はぁ!?」
ドクツルタケが驚いたのも無理のないことでございました。
「やめてってお前」
「やめてよ毒なんか!カエンタケと同じになっちゃうよ!」
「ならねえよキノコが全然違うんだから」
「カエンタケのせいでベニナギナタタケがすっごい辛い思いしてるんだよ!知ってた!?」
「いや知らないし知ってたとしても俺いま自分の事で手一杯で他菌のこと考えてる余裕ない。お前のせいで」
「ドクツルタケっ、ねえっ」
シロフクロタケは激昂と興奮のあまりもうほとんど泣きそうでございます。
「君だって・・・君だってっ。本当は、毒なんて嫌なはずなんだ・・・っ」
「は?お前何言って・・・」
「だって君は外生菌根菌じゃないかっ・・・!君は本当は、自然に優しいキノコなんだっ」
外生菌根菌とは、生きた植物と栄養を分かち合って共生する菌のことでございます。
ちなみにシロフクロタケは腐生菌で、これは死体を食べてバラすタイプの菌なのでした。
「シロ・・・」
「どうしてっ・・・自然に優しいのに・・・人間には全然優しくないんだっ」
「・・・・・・・」
「ドクツルタケっ」
「・・・あのさ、シロ」
ドクツルタケはまた深々とため息をつきました。
「もし俺が毒をやめたら、お前はどうなるわけ?」
「?どうなるって?うれしくなる」
「そうじゃなくて。人間はお前と間違えて俺を食うんだろ?見分けつかないんだろ?っていうことは、逆に考えれば、俺がいるからお前が乱獲されないで済んでるってことじゃないのか」
「!」
「お前は食キノコだから人間を喜ばすの好きかもしれないけどさ、人間の中には見境なく菌糸ごとむしりとっていくような野蛮な奴らもいるんだぞ。俺がいなかったらどうやってお前、自分を守るんだよ」
「!!」
「少し考えろよ。色々さ」
「・・・そんな・・・じゃあ、ドクツルタケが毒なのは、私がいるから・・・?」
「いや違うと思うけど。生まれつきだけど。けど、お前の役に立つなら俺はそれでいいし。だから俺はお前のそばにい・・・」
「じゃあ!じゃあやっぱり、私はドクツルタケと一緒にいちゃ駄目なんだ!」
「!?はあ!?」
「私のせいでドクツルタケが毒になるなら、もう一緒にいれない!」
「それは違うっつったろ!聞いてた!?俺の話!」
「聞いてたよ!ドクツルタケは、私のこと友茸だと思ってなかった!」
「それは・・・言ったけど、お前もそこだけ聞いてたみたいだけど、でもお前わかってない!全然わかってない!」
「もういい!私は友茸だと思ってたけど、そんな風に思ってたなんて、もう知らない!ドクツルタケなんか嫌い!さよならっ!」
「ちょ・・・シロ!シロっ!!」
こうしてシロフクロタケはキノコのように走り去り、後には乱れた松葉の上、白々とただ一本きり、ドクツルタケが取り残されたのでございました。
まこと、キノコの世界にも色々なことがあるのでございます。・・・
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