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2007年1月8日設置 サイト→http://warakosu.syarasoujyu.com/
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あるところに下山咲(しもやまさき)という場所がございまして・・・

色々な人間が住んでおり、そしてまた色々なキノコが棲んでおりました。
人間に一人一人違いがあるように、キノコもまた一菌一菌それぞれ違いがございます。
容姿も、生え方も、食好みも、そして考え方も・・・

キノコが何を考えるのかと、人は思うかもしれません。
しかし、キノコは確かに考えているのです・・・




菌曜連続に戻りたいドラマ
キノコな僕ら
第十話 キノコは鍋のごとくあれ


なにやかや混乱した始まりではありましたが、鍋とは混乱を器に納めて幸せな結果にまとめてしまう、懐の深い料理でございます。
それが出来上がって良い匂いを漂わせるころには、シロフクロタケも大分くつろいだ気持ちでコタツに入り、カラカサタケの話すカエンタケとの出会い話などを聞いていたのでした。

「へぇー。じゃあ、もう二菌はずっと前から知り合いだったんだね」

口調まで数年来の知己のようです。

「そうだね。僕が高校生の頃にショウジョウバエにからまれていたのを助けてもらって以来だから・・・何年になるかなあ。ねえ何年だろ?カエンタケ」
「いちいち数えてるかぃ、そんなもん」
「こいつね、怖そうに見えるけど案外面倒見のいい奴なんだよ。山から来たベニちゃんの面倒をみてあげてるのもそうだし、俺が受験中だって言うんで煮詰まらないように時々こうして遊びに来てくれるし。もう友茸通り越して菌友だよね」
「俺ぁただ、暇を潰しに来てるだけだ」
「ベニちゃんと喧嘩した時とかね。後で謝っとけよ、ちゃんと」
「フン」

カエンタケは苦い顔をして酒をすすっています。
が、カラカサタケのずけずけした物言いにことさら腹を立てた様子は無く、それがシロフクロタケには全くもって意外なことでありました。

「さ、シロちゃん。いっぱい食べてね。良かったよ、シロちゃんも腐生菌で。生もの買って来て無かったからさ、外生菌根菌だったら鍋食べられないかもしれないってちょっと心配だったんだ。何が好きかな?この辺の腐葉土いっとく?」
「うん!」
「カエンタケはいつも酒が先だから気にしないでいいからね」
「カラカサタケは、受験生なの?」

と、腐葉土でお腹を幸せに満たしながらシロフクロタケは訊きました。
カラカサタケは照れたように頷きました。

「そうなんだ。来年大学卒業するんだけど、院に入りたくてね。富士山の。だからその勉強中」
「富士山!?凄い!何の勉強してるの?」
「菌俗学さ。色んな国の色んな菌類の分化や歴史を研究するんだ。富士山には全国からたくさんのキノコが集まって来てるから、異文化に触れる機会も多いし、そういう菌達と一緒に勉強するのは絶対楽しいと思うんだ。できれば四合目か五合目を狙いたいんだけど、あの辺りは倍率高いからなあ」
「そんなの、大丈夫だよ!カラカサタケならきっと受かるよ!」
「そ、そうかい?そうかあ・・・そうだね、シロちゃんに言われるとそんな気がしてくるよ。よし!俺頑張るよ!おかわりいるかい?お皿貸して、松ぼっくり取ってあげる。俺頑張るから、シロちゃんもいっぱい食べるんだ!」
「うん!」
「・・・なんかめでてえところが似てるなぁ、お前ら」
『え?』
「クッ、なんでもねえよ」

声を揃えて訊きかえした二本の傘に、カエンタケは肩を震わせて目を逸らしました。
そんな彼を、シロフクロタケは不思議そうに眺めます。

「カエンタケって・・・いつもこういうキノコなの?」
「あン?どういう意味だ」
「なんか、思ってたのと全然違う・・・」
「知らねえよ。俺は俺だ」
「ほらそういう言い方するからさ、誤解されるんだよ、カエンタケは。話し方もうちょっと優しくすればいいのに。無駄に相手を怖がらせることないだろ。ねえシロちゃん?ちょっと怖いよね、カエンタケの言い方」
「うん。私もだし、オニフスベもすごく怖がってた」
「・・・オニフスベは怖がるだろうよ、脅したからな」
「脅したぁ?何があったんだよカエンタケ」
「言いたくねえ」
「はぁ・・・ったく。シロちゃん、何があったのかわからないけど、カエンタケって普段は自分から脅しにいったりするキノコじゃないんだよ。見てわかるだろ?こんなに真っ赤な警戒色、いかにも毒だって教えてくれてるんだから、親切なんだ本当に。だからそのオニフスベさんのことも、なんか言い分があると思うんだ。本菌は絶対言わないけど。オニフスベさんって、どんなキノコなのかな。男の菌?男だよね?女の子脅したりしないよね、カエンタケ」

カラカサタケは男女の区別についてやや慎重化しておりました。

「俺がどうだかは知らねえが、あれが女だったらぞっとしねえな」
「オニフスベは男だよ。なんか、カエンタケがベ・・・」
「おっと」
「わっ!・・・っちゃ~、ちょっと待って台布巾取ってくる!」

徳利をひっくり返してコタツ布団を濡らしたカエンタケは、台所へ走るカラカサタケを尻目に見つつ、燗をつけるのも面倒になったのでしょう、まだ使っていなかった自分の皿を杯代わりに、酒瓶をそのまま傾け始めました。
彼に絡んだ話は、カラカサタケが戻ってきて布団を拭き終わる頃にはすっかり腰を折られた格好になっていて、誰もそれと意識しないまま自然に消えて行ったのでした。

「ところで白いの、お前はなんでここに来た?お前こそ何があったのか聞きてえもんだ」
「あ、そうだね、俺もそれ気になってた」
「よく言うぜ、傘の端にも無かったくせによ。おい、カラカサに誘拐されたんなら正直に言え。通報してやる」
「や、やめろよ~カエンタケ。俺心配になるじゃん」
「やましいとこがあんのか」
「な、ないよ?ないよ、ないよねえシロちゃん!?俺ただ声かけて連れて来ただけだよね!?」
「まさに誘拐だろうが」
「ええっ!?うそ!?俺誘拐した!?シロちゃん、俺・・・シロちゃん?」

シロフクロタケは眉根を緊張させ、口をへの字にまげておりました。
カラカサタケはますます慌てました。

「誘拐したのかなあ俺!!!?」
「うるせえなあアホカサ。ちょっと黙れや。お前みてえなアホに誘拐されるキノコがいるわけねえだろ。おい白いの、どうした」
「・・・べつに」
「ハン。また膨れやがって。ドクツルタケと喧嘩でもしたか」
「!!」
「図星か。わかりやすいキノコだ」
「え、シロちゃんまで喧嘩したの?誰と?どうして?」
「・・・だって、ドクツルタケが悪いんだ」
「ドクツルタケちゃんって、友茸かな?」
「アホカサ、ドクツルタケは男だ。こいつの友茸ってえかなんてえか・・・」
「友茸じゃないっ」
「あ?」
「ドクツルタケなんか友茸じゃないっ。あんなやつ・・・あんなやつ!」

シロフクロタケは傘の裏をすっかり桃色に染め上げて、思い出した怒りに柄を振るわせました。
震えながらも勢いそのまま、カエンタケの差しだした盃を受け取って中身を飲み干すのでした。

「って、何やってんだよカエンタケ!」
「おー、いい飲みっぷりだ」
「駄目だよこんな時間に女の子に酒飲ますなんて!」
「かてえこと言うな。ちっとだけだろ。おら、もう一杯いけ」
「カエンタケ!」
「いただきますっ!」
「シロちゃん!?」

シロフクロタケは飲みました。
一杯飲んで、ドクツルタケに友茸では無いと言われた事を言い、二杯飲んで、ドクツルタケに毒キノコにされそうになったことを言い、三杯飲んで、ドクツルタケに友茸では無いと言われた事をまた言い、四杯飲んで、ドクツルタケに毒キノコにされそうになったことをまた言いました。

「・・・ほぉー、ドクツルタケがねえ」

カエンタケが一杯目からずっと同じ返しをしていることには気づいていません。

「それで、それで、スギヒラタケはドクツルタケが私を毒にしようとしてるんだって言って、それで」
「シロちゃんを毒にしようだなんて・・・そんな」
「私もそんなの嘘だって思ったけど!でもドクツルタケは全然慌てたりしてなくて!私のこと友茸だとも思ってなかったんだし、本当に毒にしようとしてるんだ!ドクツルタケの馬鹿!馬鹿キノコ!」

激昂する彼女の隣では、カラカサタケが理解に苦しむというように傘をかしげています。

「変な話だなぁ・・・ドクツルタケ君はどうしてそんなことするんだろう。だって、シロちゃんはその子と仲良かったんだよね?」
「良かったよ?ふたりで一緒に何回もフンギーランドに行ったよ?ドクツルタケはいっつも優しくて、私が遅刻しても待っててくれたよ?私は友茸だと思って・・・おもってたのにっ・・・ドクツルタケはちがうって・・・」
「あ、あ、シロちゃん、泣かないで?よしよしよし。大丈夫だよ、きっと何かの誤解だよ。ドクツルタケ君は本当に友茸じゃないなんて言ったの?聞き間違えじゃなくて?だって、話聞く限りどう考えても友茸だよそれは。ねえカエンタケ?」
「いや話聞く限りどう考えても友茸じゃねえだろ・・・」
「なんで!?フンギーランドだよ!?二菌でだよ!?友茸以外の何があるんだよ!」
「カラカサ。お前もうちっと大人に・・・つうか男になれや」

カエンタケはそれ以上深くは言及しなかったため、カラカサタケにもシロフクロタケにも、ドクツルタケの言葉の意味は結局わからないまま終わりました。
・・・残念なことでございます。
代わりに、赤いキノコは空になった徳利を振って、さり気ない調子でこう言いました。

「しかしまあ、なんだな。本当に行くたぁ思わなかったが。あいつも意外に生真面目な奴だな」
「え?なんだって、カエンタケ」
「悪ぃな。ドクツルタケをけしかけたのはどうも俺みてえだ」
「!!」
「はあ!?」
「あの無表情な野郎が珍しく顰めつらして歩いてたんでな。ちょいとからかってやるつもりで、誤食が嫌ならシロフクロタケを毒に変えちまえって、方法ならスギヒラタケが知ってるだろって、まあそんなような事を言ったのさ。悪かったな、白いの」
「!!」
「カエンタケっ!!」

硬直してしまったシロフクロタケよりも早く、カラカサタケが本気の怒りの声を上げました。怒りにまかせてあまりにも勢いよく伸びあがり、柄の表面がまたすこし破けるほどでした。

「酷過ぎるぞ!食用キノコを毒にしようだなんて、菌をなんだと思ってるんだ!」
「お前も食用だったな、そう言えば」
「そうだよ、俺は幼菌をフリッターにすると美味いらしい。けど、今はそんな話をしてるんじゃない!可哀想だろシロちゃんが!今の自分を否定されて毒キノコになれなんて言われたら、誰だって傷つく!君だってそうだろ!?毒キノコやめろなんて言われたら傷つくだろ!キノコを否定するなんて最低だぞ!」
「!!」

シロフクロタケが大きく目を開きましたが、カラカサタケは気づきません。

「キノコは食も毒もよくわからないのも色々いる。色々いるからキノコなんだ。どのキノコにだって尊重すべき菌格ってものがある。相手のあり方を無視して、無理やり自分と同じにさせるなんてのは、相手の菌格に対する暴力だ!それが許されるなら、キノコは菌糸だけでクローン増殖してればいいじゃないか!何のために子実体を作って胞子を飛ばすと思うんだ?自分と違う物を作るためだろ!自分と違うと思った時に変えるべきなのは相手じゃない、相手を受け入れられない自分の狭さだよ!そうだろ!?」
「・・・ああ。そうだな。もっともだ」

言い募られたカエンタケが苦笑し、煮詰まった鍋の火を止めました。
カラカサタケは腹立たしげに箸で具材をかきまわしながらさらに言いました。

「もっともらしいことなんて、俺別に言いたくないけど!カエンタケはいつも、俺よりずっと懐が広くて他菌に文句つけたりしないじゃないか。なんでそんなこと言ったんだよ」
「なんでだろうな。まあ・・・俺も虫の居所がおかしかった」
「そういう時は早く俺のとこに来いよ!昼からだって鍋すればいいだろ!・・・まったく、キノコってのはほんと、鍋みたいにあるのがいいんだ。色んなのを詰め込んで、色んなのが入ってるほど美味しくなるんだ。ね、シロちゃん?カエンタケの言ったこと、気にしないでいいからね。ドクツルタケ君にも、僕から言ってあげるよ。だから仲直り・・・シロちゃん?」
「・・・・う、ふぇ・・・・」
「!!?」

鍋に気を取られていた男達は、そこでシロフクロタケの異変に気付きました。
彼女はいつのまにか、今にも溶け出してしまいそうなほど目にいっぱい露を浮かべて、嗚咽に柄を振るわせていたのです。

「シロちゃん!?」
「う、うえぇぇぇ・・・っ!」
「なんで!?なんで泣くの!?どうしたのっ!?」
「うぇぇぇっ!うわあああああん!!」
「あ、ちょっ、これ『鬼柳』一升瓶空いてない!?いつのまにこんなに飲んだのシロちゃん!?」
「うわあああああん!うわあああああああんっ!」
「どうしようどうしよう女の子泣かしちゃったよ、どう慰めたらいいんだカエンタケ!」

しかしカエンタケは面倒臭そうに煮詰まった鍋をつつくばかりでしたので、カラカサタケは一人で何か慰めの役に立ちそうな物を探して部屋中を歩きまわりました。

「あ、そうだ飴あるよシロちゃん、クヌギ樹液飴!実家から送って来たんだけど、美味いよー?・・・いらない?欲しくない?じゃあええとええと、これこれこれ、キンテンドースイッチやる?面白いぞー!今充電するから今」
「受験生が何やってんだお前」
「いや、だって、『マッシュルムラザーズ』が・・・そうだあシロちゃん!DVD見よう!名作あるぞぉ『13日の菌曜日』!」
「んなもん見せたら余計泣くわな。しょうがねえなぁ・・・おい白いの。うるせえから泣き止め」
「うっ、うえっ、ふええええっ」
「泣いてちゃわかんねえだろうよ、アホカサはアホだ。妙なホラー映画見せられたくなかったら手前ぇの口でちゃんと説明しろや。幼菌じゃあるめぇしよ」
「カエンタケ、またそんな言い方・・・」
「いっ、いっちゃ、た」
「え?シロちゃん、なに?」
「ドク、ツル、タケに、毒キノ、コ、やめろ、て、言っ、ちゃった」

シロフクロタケは泣き過ぎて、人間で言えば横隔膜にあたる部分が仮にキノコにあるとした場合にそこに変な泣き癖がついてしまったあの状態になってしまっておりました。

「わた、わたし、の、ほうが、先に、言ったん、だ・・・だから、どく、つる、怒って、あん、なこと、う、うええええええっ」
「そ、そうだったんだ・・・でも、でもさ、シロちゃんには全然悪気なんか無かったんだろ?そうだろ?」
「キノコを否定するなんざ最低だなあ」
「カエンタケーっ!」
「てめえが言ったんじゃねえか」
「そういう意味で言ったんじゃない!シロちゃん!ドクツルタケ君だってわかってくれる!きっともう怒ってない!怒ってないよ!ほら、君ら良く考えれば、おあいこって事じゃん。雨降って地固まってキノコ生えるってことだよ!ねっ!」
「カビが生えるんじゃねえか」
「カエンタケーっ!!」
「うるせぇなあ・・・」

泣き声と絶叫とため息と。
阿鼻叫喚のまま、鍋の夜は更けてゆきます。

まこと、キノコとは賑やかな生き物でございます・・・



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