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2007年1月8日設置 サイト→http://warakosu.syarasoujyu.com/
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あるところに下山咲(しもやまさき)という場所がございまして・・・

特に何かがあるわけでもない平凡な住宅地でありましたが、平凡だからこそでしょうか、そこで暮らす者たちは、暮らしの合間に夢や憧れを抱くのでございます。

それは人もキノコも同じこと。

ことに幼き頃に見た夢は、大人になってもなお忘れ難いもので、知らず知らず人やキノコの生き方に影響してくるものなのでございます。




菌曜連続に戻れないドラマ
キノコな僕ら
第十一話 ときにはヒーローのように


後悔の念に菌糸を染め上げられたシロフクロタケは、泣いて泣いて泣きました。
キノコの成分は90%が水でございます。その気になればいくらでも泣けるのです。
慌てふためくカラカサタケは、何か少女の気を紛らわせる物を求めて部屋中を探しまわりましたが、一人暮らしの独キノコの家にそんなものがあるはずもなく、どうにかこうにか埃をかぶっていたカビの模型を引っ張り出して来た頃には、泣き疲れたシロフクロタケはもうコタツに埋もれて眠り込んでいたのでした。

カラカサタケはほっとため息をつきました。

「シロちゃん、寝ちゃったね」
「・・・ようやく静かになったな」

不味くなった鍋の口直しをするのだという顔で、カエンタケは一服つけておりました。
部屋には深夜にふさわしい静けさが戻っています。
カラカサタケは自分の場所に戻りつつ、シロフクロタケの寝顔を眺めて微笑みました。

「ふふ、涎垂らしてる。可愛いな。いい子だね、この子」
「ハタ迷惑なガキだ」
「そう言うなよ。ドクツルタケ君と喧嘩したのがよっぽどショックだったんだ。友達と仲違いするって辛いよ。カエンタケ、彼と知り合いなら仲直りさせてあげてくれよ。な?」
「冗談よせや。ほっといてもまたくっつくだろうよ、その二菌は」
「そうかい?それならいいけど・・・シロちゃんの友茸なんだから、きっと良いキノコなんだろうな。俺も富士山に行く前に会ってみたいな」
「ほぉ。もう受かったつもりか」
「受かるさ。親に無理言って行かせてもらうんだ。君にだってこうして応援してもらってるんだ。そのくらいはちゃんとするよ」
「立派だねぇ」

カエンタケがまぜっかえすのを、カラカサタケは素直な褒め言葉と受け取って、照れたようです。

「今の俺にできることが勉強だっていうだけさ。知らない事を知るのが好きなんだ。菌俗学なんか何の役に立つんだって言われたりするけど、でも、好きなんだよな。どんなことだって、知らないよりは知ってた方が前に進める気がするんだ。その分踏み越え無きゃいけない事が増えたとしても・・・役に立たなくても、そうするだけの価値があると思う」
「したいようにすりゃぁいいさ。役に立つもんだけ身につけてるような奴ぁ、俺は好かねえよ」
「へえ、なんで?」
「先の菌生なにが起こるか手前でわかるようなもんじゃねえ。役に立つか立たねえかなんてどうして今決められる。なんでもやってみりゃあいい、身につけたもんの数だけ面白いことも向こうから寄ってくんのさ。そいつが寄って来たことに気づける奴が、結局役に立つ奴さ」
「はは、ありがとう。そっか・・・そうだな。そうかもしれない」
「学のねえ俺が言えた義理じゃないがな」
「そんなことないよ。カエンタケは俺にとってスーパーキノコだもん。君に言ってもらえるのが一番勇気づけられるよ」
「・・・なんだそのスーパーキノコってのは」
「知らない?いただろ昔。ゲームのキャラで」
「知らねえ」
「えーほんとに?有名だよ、ちょっと待って」

カラカサタケは手間を惜しまずよく動くキノコでした。彼は何度目かの室内捜索を行い、それが描かれたゲームの本を持って来ました。
砕かれたブロックの中から突如出現する、赤いキノコ。
カエンタケは一瞥するなり顔をしかめました。

「・・・・・これが俺だとぉ?」
「嫌そうにするなよ。凄いんだぞ、スーパーキノコは。どこからともなく現れて、主人公のピンチを救ってくれるんだ。俺、幼菌の頃なんか苛められるたびにスーパーキノコが来てくれないかと思ってたもんだけど、ほら、ショウジョウバエに絡まれた時にまさに君が来てくれたわけじゃん。あ、もうこれスーパーキノコだ!ってあの時ほんと思ってさ。赤いし」
「・・・。助けるんじゃなかったぜ」
「どうしてそんなことできるんだろうって、不思議だったよ。どうしてそんな勇気があるんだろうって。でも、ようやくわかってきた気がする」

すやすやと眠るシロフクロタケを見やって、自分に確かめるように、言います。

「シロちゃんみたいな一生懸命なキノコを見たら、俺だって助けたいって思うんだ。本気で助けてって言ったら、きっと誰かが助けてくれるんだ。落した財布拾ってくれたり、道わからないとこ教えてくれたり、ショウジョウバエから助けてくれたりさ。スーパーキノコは俺が思うよりたくさんいて、それできっと、俺も誰かのそれになれるのかもしれないなって。最近、そう思うようになった」
「まあ、お前は役に立たなそうだけどな」
「いや!さっき君だって言っただろ、俺は菌俗学でスーパーキノコになってみせる!」
「そうかい。よくわからねえがその学問で、お前が泣いてる女にカビの模型以外のものをやれる男になる事を祈ってるぜ」
「ありがとう。俺、頑張るよ」
「いや、今のは激励じゃねえ・・・」
「でも、俺だけじゃないよ。カエンタケ、君も一緒に前に進むんだよ」
「あン?」
「ベニちゃん。オニフスベさんだっけ?ややこしい事になったの、ベニちゃんのことで何かあったんだろ。君がキノコを脅すなんて、それ以外無いよな」
「・・・・・・・」

カエンタケは煙管を咥えこんで黙りました。
カラカサタケは、しかし一生懸命に言うのでした。

「このままじゃ駄目だろ。もう随分長い間ギクシャクしっぱなしじゃないか。放っておいてどうにかなるような事じゃないんだろ。一度ちゃんと話し合おうよ。俺、カエンタケが何かしたわけじゃないと思ってる。でも、ベニちゃんが誤解しているんだとしても、言葉にしなきゃ伝わらないことが絶対あるんだよ。な?スーパーキノコだってブロックを叩かなきゃ生えて来ないんだ。生えてこない事をスーパーキノコのせいにはできないだろ。ブロックを叩かない配管工が悪いんだ。そうだろ?」
「・・・いや、そいつで例えられると俺はよくわからねえが・・・」
「ベニちゃんは一菌でもう十分考えたと思うよ。それで答えが出ないなら、誰かが助けてあげなきゃいけないし、彼女を助けられるのは君だけだろ?カエンタケ」
「・・・・・・・」
「頼むよ。このままじゃ俺、君らの事が気になって安心して富士山に行けないよ。向こうでも絶対なんかやらかしちゃうって」
「・・・フ、違ぇねえ」
「だろ?」
「敵わねえなぁ」
「じゃあ!」
「まあやってみるけどな。期待はするなよ。俺は元来、器用な性分じゃあねえ」
「でも、カビの模型持ってったりはしないんだろ?」
「あたりめえだ。お前と一緒にするな」
「じゃ、安心だ」
「ったく・・・・」

カエンタケは苦い笑いに歪めた口で、煙をふうと吐きました。
しばらくその薄もやを眺めたあと、ぴしりと煙管を叩いて空にし、懐にしまいます。
けだるそうに立ちあがりながら言いました。

「さて。長居したな。俺ぁそろそろ帰るぜ」
「あれ、もう?」
「もうじゃねえ。とっくに真夜中過ぎてんだ。そいつは今夜は泊めるんだろ?それじゃあな・・・」
「!!!!!ちょ、ちょっと待ったカエンタケ!!」

・・・そこからがまたひと悶着でございました。

「泊めるってなんだ!?シロちゃんを!?絶対だめだろそんなの!!」
「時間見ろや。もう半分以上泊めてるようなもんだろ。あと何時間か寝かせといたところでバチはあたらねえよ」
「あたるよ!いろんなものがあたる!女の子を朝帰りさせるなんてそんなのだめだ!」
「放っときゃ昼まで寝るだろうよ」
「そういう問題じゃない!シロちゃん、起きるんだ!このままじゃ危険だ!」
「カラカサぁ・・・お前ぇ、男か女かの区別もつかねえキノコ相手に、そんなに手前の理性に自信が持てねえのか?」
「そ、そういうことじゃないってば!シロちゃん!シロちゃんっ!」
「・・・ん・・・んー?あさ?」
「朝じゃない!まだ朝じゃないよシロちゃん!」
「んー・・・・」
「いいかい、シロちゃん。カエンタケが送ってくれるから、君はおうちに帰るんだ」
「なんで俺が」
「ん・・・やだ・・・カエンタケ、こわい」
「だとよ」
「怖くないよシロちゃん!大丈夫!おんぶしていけば顔は見えないからね!」
「おんぶ!?ちょ、冗談よせやカラカサ・・・!」
「いいだろそのくらい。もとはと言えば、彼女がここに来るようなことになったのも君が原因じゃないか」
「そいつぁ暴論だろ・・・」
「いいから後ろ向いて!しゃがんで!はい、シロちゃん、つかまって!大丈夫だよ、怖くないからね!また一緒に遊ぼうね!」

カラカサタケの圧倒的な仕切りの下、シロフクロタケはカエンタケの背中にくっついて、家に帰る事となりました。
外は深い夜。
こぼれるような星灯りの下、白を乗せた赤いキノコが歩いて行きます。

まこと、キノコの男も不器用な者達でございます・・・
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