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2007年1月8日設置 サイト→http://warakosu.syarasoujyu.com/
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あるところに下山咲(しもやまさき)という場所がございまして・・・

そこでは人間やキノコがそれぞれ平凡に暮らしておりました。
両者の暮らしには似たようなところもあり、違うようなところもあり・・・
しかし朝から夜にかけての一日の時の移り変わりは全く同じでございます。

日の光の下で行動し、夜の闇の中で休み。
時々、日のあるところで語れなかったことを夜の中で語ったりしますのも、人間と同じと言えるのではないでしょうか。

聞いて欲しくて忘れて欲しい、そんな言葉を、夜の闇は包むのです。






菌曜連続の意味を忘れたドラマ
キノコな僕ら
第十二話 送り火の夜


雨上がりの夜は、湿った土の匂いが地面の上に溜まっております。
朝が来て日が差せば、生ぬるい蒸気となってゆらゆらと空へ登ってゆくのでしょうが、ただ闇の深いばかりのこの時間は、そこを行くキノコにとっては沼のようにも思われる濃く重たい匂いです。

カエンタケに背負われてその沼を進むシロフクロタケは、何度か大きく息を吐きました。

「・・・他菌に運んでもらってため息つくたぁ、随分な奴だな」
「!た、ため息じゃないよ。空気が重いから、そのせいだよ」
「・・・・・・」
「!あっ、違うよ!?カエンタケのせいで重いんじゃなくて、雨のせいでってことだよ!?」
「・・・でかい声出さなくても聞こえらぁな。俺の耳がどこについてると思ってんだ」

キノコの耳がどこについてるのかは人間には計り知れぬことです。
シロフクロタケは声を小さくして、恐る恐る聞きました。

「カエンタケ、私の家、知ってる?」
「知るわけねえだろう」
「どうやって帰るの?」
「お前の覚えのあるところまで来たら、お前が歩いて帰るに決まってんだろう」
「・・・・・」

言われて、シロフクロタケは辺りを見回してみましたが、すぐにしゅんとなりました。

「夜だと、木がみんな違って見えるね」
「見えねえな」
「でもカエンタケの家まで行ったらわかると思う」
「俺の家までお前を連れてく気はねえぞ。大体なんで俺の家をお前が知ってやがる」
「だってベニナギナタタケの家だもん。頼まれて回覧板持ってったこととか、あるもん」
「・・・あれは俺の家だ」
「でもベニナギナタタケ、カエンタケと一緒にいたいって、言ってたよ」
「・・・・・・」
「一緒にいれば、人間はどっちのキノコにも警戒するようになって、誤食もしなくなるって」
「・・・それと俺の家と何の関係がある。どうでもいい話だ」
「どうでもよくないよ!」

思わずまた大きな声を出してしまったシロフクロタケでしたが、彼女にはカエンタケの後頭部しか見えませんでしたので、彼が心底耳を塞ぎたそうに顔をしかめたのを知らずに終わりました。
カエンタケは、仮にキノコに鼓膜があった場合にその激震が落ち着くぐらいの時間を、しばらく沈黙しました。それから静かに言いました。

「ベニが何を言ったか知らねえが、俺ぁ昔から自分が毒だってことは知ってたぜ。俺を食った人間が死のうが生きようが、今更騒ぐ話じゃねえ」

シロフクロタケは、目と口を丸くしました。
それらがどこにあるかも人間にはわからないで良い事です。

「え?でも、だって、カエンタケが毒だってわかったのはつい二十年くらい前だって・・・」
「本草図譜にゃあ毒だって書いてあるって聞かなかったか。江戸時代からこの方敬遠されてるキノコなんざ、少なくとも食のはずがねえだろう。手前のことは手前が一番わかってらぁな。確かに毒札貼られたのは最近だが、俺にとっちゃ昔も今も変わりゃしねえよ」
「・・・・変わってない?」
「ああ」
「じゃあ、じゃあなんでベニナギナタタケは・・・」
「あいつは俺に怯えてんのさ」

カエンタケは淡々と、まるで自分には関係の無い事を話すような口調で言いました。
湿った空気の中でもその音だけは乾いて聞こえるようでした。

「俺ぁ人間がキノコ食って死んでも気にも留めねえ菌だ。食うか食わねえかは人間の勝手だろう。キノコがどうにかできるこっちゃねえと、俺は昔から思っていたし、それは何も変わっちゃいねえ。だが俺が毒キノコだとわかったことで、俺のそういう性質がベニの前に晒されたのさ。俺の本性に気づいたって奴だ。それで、怯えてんのさ。まあ無理もねえがな。あいつと暮らしている間は、俺も随分優しいキノコだった」
「カエンタケ・・・」
「ベニが俺と一緒にいたいっつってんのは、妙な責任感じてるせいだろう。俺が毒札貼られたのはあいつとの誤食が原因みてえなもんだからな。気にするなっつってもききゃあしねえ。馬鹿な女さ・・・。だがな、白いの。それやこれやはこっちの問題だ。お前が傘つっこむことじゃねえぜ」
「でも」
「でもじゃあねえ。お前は他菌の心配する前に、手前のカタをつけやがれ。ドクツルタケは今頃、傘青くしてお前を待ってるだろうよ」
「そうかなあ」
「おい。野郎ってのは損だねぇ、女には大概信じてもらえねえ」
「ねえ、カエンタケ?」
「なんだ」
「ベニナギナタタケのこと、好き?」
「・・・そういう青臭ぇ感情は俺の領分じゃねえな」
「?どういうこと?ベニナギナタタケはカエンタケのこと好きだよ、きっと」
「そうかい」
「好きだから、一緒にいたいんだよ。それだけだよ」
「そうかい」
「カエンタケだって好きだよね?嫌いなキノコと一緒にいるはず、ないよね?」
「そうかい」
「カエンタケってば!」
「そうかい。・・・あんまりうるせえと放り出すぞ、白いの」

カエンタケはそれきり、まともに取り合ってくれませんでした。
何を聞いても「そうかい」と面倒そうな返事をするだけで、そのうちその返事すらしなくなってしまいました。
けれど、シロフクロタケを放り出すようなことも、しませんでした。

狂い咲きの花が一輪、遠く小さな灯のように揺れて、ゆっくり進むキノコ達の上を過ぎて行きます。

まこと、キノコの歩みというものは、時にまだるっこしいほど遅いものでございます・・・
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