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2007年1月8日設置 サイト→http://warakosu.syarasoujyu.com/
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 これは、わたしが小さいときに、村の光政(みつまさ)というおじいさんから聞いたお話です。
 昔は、わたしたちの村の近くの聖域(さんくちゅあり)という所に、小さないせきがあって、教皇様というおとの様がおられたそうです。
 その聖域から少しはなれた海の浜に、「ですますく」という蟹がいました。ですは、ひとりぼっちの小がにで、貝殻のいっぱい落ちてる砂の中に、あなをほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、辺りの村へ出てきて、いたずらばかりしました。巨蟹宮へ入って死面をまき散らしたり、積尸気のあいているところへ人を飛ばしたり、黄泉比良坂(よもつひらさか)の穴に並んでいる亡者(もうじゃ)を落としたり、いろんなことをしました。

 ある秋のことでした。二、三日雨がふり続いたその間、ですは、外へも出られなくて、あなの中にしゃがんでいました。
 雨が上がると、ほっとしてあなからはい出ました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。
 ですは、五老峰の瀑布の手前まで出てきました。辺りのすすきのほには、まだ雨のしずくが光っていました。瀑布には、いつもは老師がいるのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、滝の前の老師や老師の傘が、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。ですは、川下の方へとぬかるみ道を歩いていきました。

ふと見ると、滝の中に人がいて、何かやっています。ですは、見つからないように、そうっと草の深い所へ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。
 「紫龍だな。」と、ですは思いました。紫龍は、ぼろぼろの白いシャツをまくし上げて、頭の先まで水にひたりながら、聖衣を入れるパンドラボックスというはこをしまっていました。長い髪をたらした背中のど真ん中に、派手なポーズの龍が一匹、大きな刺青みたいにへばり付いていました。
 しばらくすると、紫龍は、パンドラボックスのいちばん手前のランドセルのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、マスクや、肩当てや、胸当てなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でも、ところどころ、白い物がきらきら光っています。それは、龍座の拳や、大きな盾の部分でした。紫龍は、はこの中へ、その拳や盾を、マスクといっしょにぶちこみました。そして、また、箱の蓋をとじて、水の中へ入れました。
 紫龍は、それから、はこを持って川から上がり、はこを土手に置いといて、何をさがしにか、滝の上の方へかけていきました。
 紫龍がいなくなると、ですはぴょいと草の中から飛び出して、はこのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。ですは、はこの中の聖衣をつかみ出しては、パンドラボックスのしまってある所より下手の滝の中をめがけて、ぽんぽん投げこみました。どのパーツも、トボンと音を立てながら、にごった水の中にもぐりこみました。
 いちばんしまいに、そこにいた春麗をつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。ですは、じれったくなって、指を空に向けてつきたてて積尸気冥界波を唱えました。春麗は、キャアといって、ですの首へまき付きました。そのとたんに紫龍が、向こうから、
「なにをする、デスマスクめ。」 とどなりたてました。ですはびっくりして飛び上がりました。春麗をふりすててにげようとしましたが、春麗は、ですの首にまき付いたままはなれません。ですは、そのまま横っ飛びに飛び出して、一生けんめいににげていきました。
 聖域近くの石の段の下でふり返ってみましたが、紫龍は追っかけては来ませんでした。
 ですはほっとして、春麗のうでをふりほどき、やっと外して、積尸気の山のふもとに置いておきました。

 十日ほどたって、ですが白羊宮という聖闘士のうちの前を通りかかりますと、そこのくずれた柱のかげで、牡羊座のムウが、マスクを付けていました。牡牛座のアルデバランのうちの中を通ると、牡牛座の聖衣の、角が直っていました。ですは、「ふふん、聖域に何かあるんだな。」と思いました。「なんだろう、聖戦かな。聖戦なら、爆発や必殺技の音がしそうなものだ。それに第一、青銅とアテナが来るはずだが。」
 こんなことを考えながらやってきますと、いつの間にか、表に凸型マークのある天秤座の宮の前へ来ました。その小さなこわれかけた宮の中には、大ぜいの人が集まっていました。よそ行きの聖衣を着て背中にマントを下げたりした男たちが、中央にあつまって涙を流しています。大きな男の中には、鼻をぐずぐずしているものもいました。
 「ああ、そう式だ。」と、ですは思いました。「天秤座の宮のだれが死んだんだろう。」
 お昼がすぎると、ですは、聖域の神殿(しんでん)へ行って、アテナ像(あてなぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、いせきの階段が光っています。双魚宮からは、ロイヤルデモンローズが、赤いきれのようにさき続いていました。と、下の方から、カーン、カーンと、そう式の出る合図です。
 やがて、金の聖衣を着たそう列の者たちがやってくるのが、ちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は、神殿へ入ってきました。人々が通ったあとには、薔薇の花がふみ折られていました。
 ですは、のび上がって見ました。紫龍が、碧い聖衣を着けて、位はいをささげています。いつもは、赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。
 「ははん、死んだのは、紫龍の師匠だ。」ですは、そう思いながら頭を引っこめました。
 そのばん、ですは、あなの中で考えました。「紫龍の師匠は、水にもまれながら、お前たちの結婚式が見たいと言ったにちがいない。それで、紫龍が、パンドラボックスを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、春麗を持ってきてしまった。だから、紫龍は、老師に結婚式を見せることができなかった。そのまま、老師は、死んじゃったにちがいない。ああ、二人の結婚式が見たい、孫の顔が見たいと思いながら死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらしなけりゃよかった。」


 紫龍が、大瀑布の所で技を磨いていました。
 紫龍は、今まで老師と春麗と三人きりで、まずしいくらしをしていたもので、一人が死んで一人が行方知れずになってしまっては、もうひとりぼっちでした。
「おれと同じ、ひとりぼっちの紫龍か。」こちらの物置の後ろから見ていたですは、そう思いました。
 ですは、物置のそばをはなれて、向こうへ行きかけますと、どこかで客引きをする声がします。
「修復の安売りですよ。生きのいい、聖衣になりますよ。」
 ですは、そのかんじのいい声のする方へ走っていきました。と、聖衣の墓場の亡霊たちが、ほうぼうから、
「ここは通さぬ。」
と言いました。ですますくは、おそいかかってくる亡霊どもを道ばたにのしておいて、ぴかぴか光る龍座の聖衣を両手でつかんで、紫龍のところへ持ってきました。ですは、紫龍の隙をみて体の中にある五、六箇所の星命点をつき倒して、もと来た方へかけだしました。そして、ムウのうちのうら口から、うちの中へ聖衣と紫龍を投げこんで、あなへ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、ムウがまだ、聖衣の墓場のところで客引きをしているのが小さく見えました。
 ですは、老師のつぐないに、まず一つ、いいことをしたと思いました。
 次の日には、ですは海でうにをどっさり拾って、それをかかえて紫龍のうちに行きました。
 うら口からのぞいてみますと、紫龍は、昼飯を食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、紫龍の両腕に、血だらけのきずが付いています。どうしたんだろうと、ですが思っていますと、紫龍がひとり言を言いました。
「いったい、だれが、聖衣なんかを、ムウのうちへほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、依頼人と思われて、全身の血の半分以上を抜かれた。」
と、ぶつぶつ言っています。
 ですは、これはしまったと思いました。「そうだったのか修復は、ただでやってくれるんじゃなく、あんなに血までぬかれるのか。」
  ですはこう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入り口にうにを置いて帰りました。
 次の日も、その次の日も、ですは、うにを拾っては紫龍のうちへ持ってきてやりました。その次の日には、うにばかりでなく、伊勢えびも二、三匹、持っていきました。


月のいいばんでした。ですは、ぶらぶら遊びに出かけました。聖域の白羊宮の下を通って、少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。だせ!!オレをここから出してくれーッ!!と、誰かが鳴いています。
 ですは、道のかた側にかくれて、じっとしていました。話し声は、だんだん近くなりました。それは、紫龍と、星矢(せいや)という聖闘士でした。
「そうだ、なあ、星矢。」
と、紫龍が言いました。
「ああん。」
「おれは、このごろ、とても不思議なことがあるんだ。」
「何が。」
「老師が亡くなってからは、だれだか知らんが、おれにうにや伊勢えびなんかを、毎日毎日くれるのだ。」
「ふうん、だれが。」
「それが分からんのだ。おれの知らんうちに置いていく。」
ですは、二人の後をつけていきました。
「ほんとかよ。」
「ほんとうだ。うそだと思うなら、あした見に来い。そのうにを見せてやる。」
「へえ、変なこともあるもんだなあ。」
 それなり、二人はだまって歩いていきました。
 星矢がひょいと後ろを見ました。ですはびくっとして、小さくなって立ち止まりました。星矢は、ですには気がつかないで、そのままさっさと歩きました。サガ(さが)という聖闘士の宮まで来ると、二人はそこへ入っていきました。ポンポンポンポンと、木魚の音がしています。宮の柱に明かりが差していて、大きな黒い影がうつって、動いていました。ですは、「カノンになにかあったんだな。」と思いながら、階段のわきにしゃがんでいました。しばらくすると、また、三人ほど人が連れ立って、サガの宮へ入っていきました。
 おきょうを読む声が聞こえてきました。

 

 ですは、おきょうがすむまで、階段のそばにしゃがんでいました。紫龍と星矢は、またいっしょに帰っていきます。ですは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。紫龍のかげぼうしをふみふみ行きました。
 聖域の入り口まで来たとき、星矢が言いだしました。
「さっきの話は、きっと、そりゃ、老師のしわざだよ。」
「なに。」
と、紫龍はびっくりして、星矢の顔を見ました。
「おれはあれからずっと考えてたんだけど、どうもそりゃ、人間じゃない、老師だ。老師が、おまえがたった一人になったのをきにかけて、いろんな物を贈ってくれてるんだよ。」
「そうだろうか。」
「そうさ。だから、毎日、仏壇にお礼を言った方がいいぜ。」
「うむ。」
 ですは、「へえ、こいつはつまらないな。」と思いました。「おれがうにや伊勢えびを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、老師にお礼を言うんじゃあ、おれは引き合わないなあ。」


その明くる日も、ですはうにを持って、紫龍のうちへ出かけました。紫龍は、畑で土を耕していました。それで、ですは、うちのうら口から、こっそり中へ入りました。
 そのとき紫龍は、ふと顔を上げました。と、蟹がうちの中へ入ったではありませんか。こないだ、春麗をぬすみやがったあのですますくが、またいたずらをしに来たのだ。
「おのれ。」
 紫龍は立ち上がって、上半身にきていたものを脱ぎすてて、小宇宙を燃やしました。そして、光の速さで近よって、今、戸口を出ようとするですを、廬山昇竜覇でうちました。
 ですは、あじゃぱァとたおれました。

 紫龍はかけよってきました。うちの中を見ると、土間にうにが固めて置いてあるのが、目につきました。
「なっ。」
と、紫龍はびっくりして、ですに目を落としました。
「です、貴様(きさま)だったのか、いつも、うにをくれたのは。」
ですは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。
 紫龍は、右腕をばたりと落としました。青い小宇宙が、まだ全身から細く出ていました。


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・・・・・・・・・・・全部やったけどなんなんだよこの話。



 


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