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2007年1月8日設置 サイト→http://warakosu.syarasoujyu.com/
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あるところに下山咲(しもやまさき)という場所がございまして・・・

まるで人のようなキノコ達が、傷ついたり、傷つけたり、傷つけたせいで傷ついたりしながら、生きておりました。

きっと生き物とはすべからく、傷つけあうものなのでございましょう。
けれど決して、そうしたいわけではないのでございます。

ただ自分の道を、生きたいだけなのでございます。





菌曜連続なんてとんでもないドラマ
キノコな僕ら
第十四話 キノコがキノコであるために


「・・・それでお前さんがた。探し物は見つかったんだろう。用が済んだらいい加減、帰っちゃくれねえか」

と、カエンタケが言いました。
もっともな事でした。もう夜も更けに更けて、いっそ夜よりも朝の方が近いくらいの頃合いなのでした。
ドクツルタケがすぐに反応して、まだしゃくりあげているシロフクロタケの手を引っ張りました。
「シロ。帰るぞ」
「・・・やだ」
「やだぁ?」
「かえりたく、ない」
「なんで」
「きらわれ、てる、のに・・・ひとりに、なるの、やだ」
「・・・なんだよそれ。嫌ってないって言ってるだろ!」
「どくつる、たけ、怒ってるからっ・・・!」
「~っ!怒ってねえよっ。ここにいてもカエンタケに迷惑だろ。家まで俺送ってくし、こんな時間にお前一菌になんてしないし」
「でも、送ったら、どくつるたけ、帰る」
「・・・そりゃそうだろ」
「ほんとは、いっ、いっしょにいるの、嫌だからでしょっ?」
「違ぇよ!俺だって・・・だって、帰らなきゃ俺、どうするんだよ」
「どう、し・・・それ、なら、どくつるたけんち、行く」
「は?」
「うち、じゃなくて、ドクツルタケんち行く。今日、泊めて?」

・・・・空気が一瞬固まったのでございます。

「!!ふっざけんなよお前!絶対駄目!絶っっっ対!駄目だから!」
「!ふぇ・・・!」
「おいおいおい、また泣くだろうるせえな。泊めてやりゃあいいじゃねえか、減るもんじゃなし」
「駄目に決まってるだろ!俺もう頭ん中ぐっちゃぐちゃなんだよ今日!こんなままこいつ家に入れたら、何するかわかんねえよ!」
「何でもしろよ、もうこりゃ合意だろう」
「んなわけないだろ!あんたさっき友茸から始めろとか作法があるとか言ってなかったか!?」
「忘れた」
「おい!」
「あ、あの、シロフクロタケさん。もしよろしければ、ここにこのままお泊りになりますか?お家にお帰りになりたくないのでしたら・・・」
「ベニぃ、無粋な真似するんじゃねえ。ここぁ俺の家だ。俺もなんだかんだで疲れてんだぜ。こっからはお前とふたりだ、誰も泊めねえぞ」
「!」
「!!カカカカカエンタケ、おめ、まさかこの後、ベニナギナタタケさんと・・・!」
「あァ?今更何言ってやがる。俺達がどれだけ一つ傘の下で暮らしてきたか、知らねえわけじゃあねえだろう。何もねえはずがねえや、なあベニよ?」
「!わ、わ、わ、私はそんな・・・!」
「わかったら出て行きなオニフスベ。お前が入りこむ隙なんざ、菌糸一本分もありゃしねえぞ」

オニフスベは出て行きました。夜目にもわかるほど枯れ色に変じ、涙代わりの胞子をむせび撒きながら。
カエンタケはただただうんざりしておりました。

「・・・ようやく一匹片付いたな。さ、残りの奴らもとっとと失せろぃ。ドクツル、そいつさっさと連れて帰れ。やりてえならやっちまえ。じゃあな・・・」
「駄!目!よぉぉぉぉぉぉおおおおおう!!!!!」

絶叫したのはツマミタケママでございます。

「御年頃のドクツルちゃんとシロちゃんがそんなこと!不純だわッ!!絶対駄目よぉぉぉぉぉぉおおうッ!!」
「・・・年頃ならいいんじゃねえのか別に」
「しかもお酒の上でなんてッ!!お酒ってロクなもんじゃないのよ!こう見えてもアタシはスナックのママよ!お酒が最低の飲み物だってこと、よぉぉぉっく知ってるのよッ!!」
「どう見てもお前は水商売の野郎だが、そんな奴が商売道具をボロクソ言っていいのかぃ」
「シロちゃんはアタシのお店に泊めるわ!それが一番よッ!」
「一番不純じゃねえか。お前もそっちの奴も、野郎だろう明らかに」
「シロちゃん、いいわネッ?今日はママのお店にお泊りよッ!」
「うん、ありがとう、ツマミタケママ」
「・・・な?別に俺じゃ無くたっていいんだあいつ。何が合意だ」
「気持ちはわかるが愚痴るなよ。だから言ったろう、さっさと連れて帰れって」
「次はそうする。・・・あー俺何言ってんだ!もうほんと今日駄目だ!」
「行くわよシロちゃん!さ、カニちゃん、あんたシロちゃんおぶって頂戴。夜道は女の子には危ないわっ」
「え~ママ、あたしだって心は女の子ぉ~」
「あんたなんかまだ半菌前よッ。いいから早くシロちゃん・・・」
「いいよ俺が連れてく。なんかもう、誰もこいつ触んないで腹立つから」

こうして結局、ドクツルタケがシロフクロタケを担いで歩くことになったのでした。



騒がしい一同を見送った後には、風ひとつ訪れない緊張した静けさが戻りました。
カエンタケはぴたりと言葉を収め、煙管を出してつけました。
ベニナギナタタケはおずおずとその様子を眺めて、何も言えぬまま座っております。
煙をひとつ、ふたつと昇らせてから、ようやく、男の方が言いました。

「・・・静かになりやがったな」
「はい。・・・・・」
「また無口に戻ったか。あいつらと混ざっている間はいっぱしの口を利けたようだが」
「あ、あれは・・・その、申し訳ありません」
「悪いとは言ってねえ」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・あの、どうして、あのようなこと」
「なんだ」
「オニフスベさんに・・・誤解を」
「されちゃ困るのか」
「それは・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・あの、シロフクロタケさん、大丈夫でしょうか」
「枯れやしねえよ。心配すんな」
「・・・・・。カラカサタケさん、お元気でしたか」
「元気過ぎてアホに磨きがかかってたぜ」
「そう、ですか・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・あの、それと」
「なあ、ベニよ」
「!」
「お前、山に帰らねえか」

ベニナギナタタケは、こぼれそうなほど瞳を開いて、カエンタケを見つめました。
すんなりと朱に透き通る首が震えます。

「・・・・え・・・?」
「このまま俺と一緒にいても仕方あるめえよ」
「仕方、ない・・・?」
「俺ァ、お前の怯えた顔を見るのが嫌になっちまった」
「!」
「お前を嫌になったわけじゃねえ。そこは間違うなよ。だがな、俺は毒キノコだ。昔も今もそうだ。俺は変わったつもりはねえんだ。昔も今も、俺を食う奴がいたらそいつは死ぬ。食うか食わねえかは人間の裁量だ、人間でなんとかしろって、俺はそういう性分さ。薄情かも知れねえが、猛毒菌であることに一々悩みやしねえ。お前にとってそれが辛いなら、俺達ぁ一緒にいるべきじゃねえよ」
「そんな・・・」
「それにこれでも俺ぁ女に袖濡らさせるのが嫌いなタチだ。お前が泣くのを見るのが辛い」
「・・・・・・」
「お前はやっぱり山のキノコだ。山のキノコは山に咲く。里のキノコは里に棲む。そういうことにしようじゃねえか」
「・・・・私は・・・いや」
「まあ、考えてみる事さ」
「カエンタケ・・・」
「俺ぁ、もう寝る」

そうして男は奥へと消え、家の中は一層の沈黙と闇に埋め尽くされました。
灯の消えたような、キノコの住処でございます。



さて一方で、そこを後にした一行はというと、これはまだいささか騒がしゅうございました。

「待って、待ってドクツルちゃん!あんた足、速いわあ」
「いやァん、托枝が引っかかっちゃった、置いてかないでママぁ~!」
「・・・・・」

ドクツルタケはわざと急いでいるのでありました。
背中にシロフクロタケを負ぶったまま、早く余計なキノコ達から離れたかったのです。
きゃんきゃんとイタドリをこそげるかのごときツマミタケとカニノツメの声が、やがて後ろの叢へ置き去りにされてゆきます。
影絵になった梢の向こうに、欠けた月が浮かんでいます。
ドクツルタケは考えていました。

「・・・シロ。俺、お前のこと、大好きだよ」

そう言ったのは、言わずにおれなかったからでした。
彼の白い胸には、もう苛立ちもやるせなさもありませんでした。
ただ、わんわんと泣いていたシロフクロタケの声と顔が、時がたつにつれて大きくなっていくばかりだったのです。

「友茸じゃないって、お前が思ってるような意味じゃないんだ。お前のこと友茸よりもっと大事だって意味だったんだ。それにお前を毒キノコにしようなんて俺、思ったこと無いよ。本当に・・・でもごめんな、誤解させて」

少し背を揺すって、ずり落ちそうなシロフクロタケを背負いなおします。

「・・・お前のこと怒ってもいないよ。だから、お前はもう謝ったりしないでいいし・・・泣かないで欲しいし・・・俺もお前に、謝ったりさせないようにするよ。お前のこともっと大事にして、お前がそんな風に思わないで済むようにするよ。だから」

ドクツルタケはちゃんと気づいておりました。
肩の上にもたれかかるシロフクロタケの小さな顔が、心地よく寝息を立てている事に。
けれど・・・

「だから、俺から離れていかないで、シロ」

彼は言わずにおれなかったのです。


まことキノコというものは、ひたむきに生きるものなのでございます・・・
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