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2007年1月8日設置 サイト→http://warakosu.syarasoujyu.com/
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あるところに下山咲(しもやまさき)という場所がございまして・・・
そこは小さな町でありながら、間隙を縫うように多種多様なキノコが棲息しているのでございます。

キノコの「多種多様」は、人間などには計り知れぬ多種多様。

なんといっても人間には『毒人間』などという種類はありませんでしょうから・・・






菌曜土曜連続ドラマ
キノコな僕ら
第四話「言いたい事も言えないこんな木の下は」


さて。
シロフクロタケが義憤にかられて走りまわっている一方で、どうにもやるせないまま彷徨っているキノコもおりました。
ドクツルタケでございます。

「っだよあいつ・・・」

言いたい事も言えないまま取り残された彼は、シロフクロタケを追いかけたい気持ちはあるものの、どうせ追いついたところでまともな話などできないことは予想がついておりますので、なんとなく彼女の残した菌跡を辿りつつ、ぐずぐず歩いているのでございました。

「そんなに毒キノコが嫌かよ・・・」

と、彼の呟いた言葉は、意外や苔の陰からの低い笑いに迎えられました。

「クッ、嫌なんだろうさ。よっぽどな」
「!?」

驚いてきっと振りむけば、木の根にもたれて焔のごとく赤いキノコが一本。

「カエンタケ」
「よう」

今更説明するまでもございますまい。ここまで散々キノコ達の口の端に上って来た猛毒菌でございます。
尋常な自然物とも思えぬ色形をした彼は、頑丈な革質の肩を揺すって楽しげに言いました。

「シロフクロタケならあっちぃ行ったぜ」
「・・・何の話だよ」
「探してんじゃねえのかい?そのしょぼくれた傘見りゃあ、痴話喧嘩がすぐわかるぜ」
「そんなんじゃねえよ」
「そうかい」

さらさら信じる気のない相槌です。
ドクツルタケはむきになって何かを言いかけましたが、その前にカエンタケがとぼけるように顔を逸らして、

「あっちぃ行って、ベニナギナタ捕まえて何やら話し込んでたぜ。毒だの食だの。おせっかいなガキだ。ったく」
「別に、訊いてない」
「独り言だよ。聞きたくなきゃとっとと失せな」
「・・・・・」

しかしドクツルタケは、結局、聞きたかったのでした。

「・・・毒って、俺の事なにか言ってた?」
「ああ、ドクツルタケは毒キノコだからイヤ、って」
「っ、そうかよ」
「別にそんなこたぁ言ってなかったが。安心しろよ、女二菌でこきおろしてたのはお前さんじゃねえよ。この俺だ」
「・・・・・」
「猛毒だの残酷だの危険だの、散々言ってくれたぜ。ま、陰から聞いてた俺も下衆だが、仕方ねえだろ。出にくいじゃねえか、なあ?」
「・・・なんか、ごめん。俺が謝ることじゃないけど」
「冗談だ。俺ぁベニを連れ戻しに出ただけなんだがな、白いのの前に俺が顔出してオニフスベみてえに怯えさせるのも気の毒だったんで自重しただけさ。まあ、あのホコリタケ崩れよりは柄のしっかりしたキノコみてぇだが、シロフクロタケは。お前さん、そのうち基部に敷かれるぜ」

人間で言うところの、尻に敷かれる、でございます。

「そんなんじゃないし。俺達」

ドクツルタケは否定しながら、自分で密かに傷つきました。
本当にそんなんでは無かったと、さっき知ったところでした。

「オニフスベって、あのでかい奴?あんたなんかしたのかよ」
「別に。来たから追い返した。それだけよ」
「来ただけで追い返すのかよ・・・」
「来ただけで追い返しゃしねえよ。普通はな」
「じゃ、なんだよ」

カエンタケは返事をせず、煙管をゆっくりと吸って、苦い煙を吐きました。
そして話を変えました。

「なあドクツルタケ。難儀なこったなぁお互い。毒キノコってだけで人殺し扱いだ。人間が勝手に食って死んでるだけなのに、喧しいったらありゃしねえ。俺よりお前さんの方が厄介だろう?俺ぁこの通り奇態な見た目だからな。ベニと間違うにしても素人は手をだしゃしねえよ。だが、お前さんはテングタケ科のいい面構えだ。誤食の数も百や二百じゃねえだろう。何人やった?え?」
「やめろよ。俺は、そんな」
「構うこたぁねえだろう。猛毒菌は猛毒菌よ。それで何が悪い。人間は人間、キノコはキノコ、全く別の生き物だ。慣れ合う必要はねえよ」
「それは・・・俺もそうだと思う、けど」
「ときに。スギヒラタケがお前さんに会いたがってたぜ」
「え?」
「聞いてるだろう。あいつのことは」

ドクツルタケは虚をつかれたようにその場にキノコ立ちになりました。
カエンタケは面白そうに眺めています。

「向こうの林に生えてるぜ。会いに行ってやったらどうだ?いい話が聞けるかも知らんぜ」
「いい話、って・・・」
「シロフクロタケを毒にする方法、とかな」
「!!」
「スギヒラタケは食キノコから毒キノコに変異した。そんな噂をお前さんも聞いた事があるだろう。面白そうな話じゃねえか。食キノコが毒キノコとつき合えないってんなら、向こうを変えてやりゃあいい。そうすりゃ毒キノコ同士、めでたしめでたしってわけだ」
「・・・・・」

ドクツルタケはカエンタケのくゆらす煙管の煙をしばし黙って睨んでおりました。
が、やがて、言いました。

「カエンタケ。あんたは、ベニナギナタタケを毒にしたいのか?」
「あ?ベニを?・・・お前さん、勘違いしてるな。あれを毒にしてまで傍に置く理由が俺にはねえ。町に迷って来たから成り行きで面倒見てやってるだけだ。あれに町の土は合わねえ。俺とも合わねえ。じきに山に帰すさ」
「じきって、いつさ」
「別に今日でも、あれが帰ると言やぁ止めやしねえよ。どうせ俺のせいで毎日泣き通してんだ、近いうちに出て行くだろうさ」

とん、とカエンタケは煙管を叩いて角を起こしました。
カエンタケには傘らしい傘は無く、その代わり角があるのでした。

「つまらねえ話だ。俺ぁ行くぜ。スギヒラタケによろしくな」
「・・・会いに行くって言ってない」
「行くさ。お前さんは」
「カエンタケ。あんたに言いたいんだけど」
「ん?」
「うんと好きな奴がいたら、そいつに傷つけられたくらいで、嫌いになったりできないし。ベニナギナタタケは、あんたに言われなきゃ出て行かないぜ。たぶん」
「は?」
「シロがベニナギナタタケのこと気にしてたから。俺が言う義理じゃないけど、言っとく。じゃ」

カエンタケは黙り、ドクツルタケは去りました。

まこと、キノコの世界も、機微の難しいものでございます・・・
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