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2007年1月8日設置 サイト→http://warakosu.syarasoujyu.com/
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あるところに下山咲(しもやまさき)という場所がございまして・・・
そこでは人間達の生活の傍ら、小さなキノコ達が共に支えあって暮らしているのでございます。
人間と同じように賑やかに。
人間と同じように楽しく。

そして時々は、これもまた人間と同じように、誰かと共に生きる事が苦しくなったりもするのでございます。





菌曜連続ドラマ
キノコな僕ら
第三話「泣いてキノコは身を壊す」


オニフスベを希望と絶望のど真ん中に置き去りにし、怒りに燃えるシロフクロタケは一路、コナラ地区を目指して走っておりました。
あの地区の朽木にカエンタケの住処があるのです。
乗り込んで行って、ベニナギナタタケを引っ張り出そうというのです。

・・・が。
そのベニナギナタタケは、目指す場所よりも大分手前にいたのでした。

「!ベニナギナタタケっ!」
「シロフクロタケさん・・・」

昼なお湿った草葉の陰、朱の蝋燭のようにほっそりと、ベニナギナタタケは今にも崩れそうに立っておりました。
元来、肉の脆いキノコなのでした。

「シロフクロタケさん、どうか、ご存知でしたら教えて下さい。近くで、オニフスベさんを見かけられませんでしたか?」
「オニフスベ?知ってるよ!オニフスベならあっちで膨らんでたよ!」
「ああ・・・やっぱり・・・」

ベニナギナタタケは震えてほろほろと涙をこぼしました。
今日はキノコがよく泣く日でございます。

「オニフスベを追いかけて来たの?もしかして、彼のこと好きになった!?」
「え?あ、いえ・・・あの、とてもいい方だと思います」
「それだけ?」
「はい」
「なんだ。じゃあだめだね」

男心には疎いシロフクロタケも、女同士の機微はわかるのでございます。
優しくベニナギナタタケに訊ねました。

「なんでオニフスベを探しているの?」
「私は・・・オニフスベさんがカエンタケの事を怒っていらっしゃるのはないかと思って・・・あの、彼があの方に酷い事を言ったものですから」
「そうなの!?」
「はい。あの、私を訪ねて来て下さったのですが、お話が込み入っているうちにカエンタケが帰って来てしまって、追い返すようなことを。でも、彼に悪気は無いのです。口が悪いだけで、カエンタケは私が困っていると思って、過剰な対応をしただけなのです」
「カエンタケなんて!」

シロフクロタケは腹立たしそうに声をあげました。

「ベニナギナタタケ、あいつは危険なキノコだよ!オニフスベに聞いたよ、君が脅されてるって!酷いめにあってるって!最悪なキノコだよ!ねえ、ベニナギナタタケ、逃げよう?あいつがいない今のうちに、私のところに来ちゃえばいい。あんな猛毒菌と一緒にいたら、君まで誰にも食べられなくなっちゃうよ!」

ベニナギナタタケは食用キノコ。汁物に入れたりマヨネーズで和えたりできるのです。

「シロフクロタケさん・・・」
「ね!ベニナギナタタケ!」
「・・・駄目です」
「ベニナギナタタケ!」
「駄目です。いけません。私は、カエンタケと一緒にいたい・・・!」
「なんで!?あいつは危険なんだよ?猛毒菌で、人間を殺すために君を利用してるかもしれないのに!」
「違います!」

ベニナギナタタケがふいに力を込めて叫びました。

「カエンタケは悪くありません!私が、私が悪いのです!何もかも!」
「そんなわけないよ!」
「いいえ、あります。だってカエンタケは、自分が毒だと知らなかったのですもの」
「・・・え?」

シロフクロタケは虚をつかれて、危うく基部から倒れるところでございました。
カエンタケが毒だと知らなかった、などと。にわかに信じられる事ではありません。

「ど、どういうこと?」
「カエンタケも昔は優しかったのです。森育ちの私が、町の事など何も知らずに迷い来たのを拾ってくれました。どこに菌糸を延ばせば良いか、どう養分を摂れば良いか、私に町での暮らし方を教えてくれたのはカエンタケです。私が今日までこの町で生きてこれたのはカエンタケのおかげなのです」
「・・・・・」
「彼は強くて頼もしくて、あの焔のような赤が美しくて・・・私、彼のようなキノコになりたかった。カエンタケに憧れて、傍に寄りそっていたのは私の方なのです」
「そんな・・・だってカエンタケは猛毒の・・・!」
「カエンタケが猛毒だと知られたのはほんの20年ほど前のこと。それ以前、彼は食毒不明のキノコでした」
「ええっ!?あいつが食毒不明キノコ!?」
「江戸時代の本草図譜には毒キノコらしいと記されているだけで、きちんと証明されてはいませんでした。彼自身もわかっていなかったのです。それが1990年代に入り、中毒事故が頻繁に起こったため、人間達は彼を猛毒菌として警戒し始めたのです。本来であれば、彼の様な美しいキノコは観賞用として十分に愛され得たはず・・・それが毒キノコの烙印を押されてしまったのは、私、ベニナギナタタケという存在が食用として知られてしまったため。そして私が彼と共に生きようとしてしまったため。カエンタケは何も悪くは無いのです。この私こそが、彼を狂わせてしまった張本菌なのです・・・!」

・・・カエンタケの容姿を、皆様はご存知でしょうか。間違っても、何も知らずに食ってみようとは思わない見た目をしております。
ベニナギナタタケはその幼菌の姿によく似ております。ために誤食が起きるのですが、そもそも人間がなぜベニナギナタタケの方は食えると気づいてしまったのか、誰が最初にベニナギナタタケを食ってみたのか、その辺りに根本的な問題があるように思われます。
危なそうな物をなぜ、人間は食うのか・・・

「己を毒だと知り、人間を無残な死に至らしめてしまったと知ったカエンタケは、まるで菌が変わったかのように残酷な性格へ変じて行きました。私はどうすることもできずに・・・今年も多くの犠牲者を・・・・っ」
「ベニナギナタタケ、もういい、もういいよ」

シロフクロタケはたまらなくなって、しゃくりあげるか細いキノコを抱きしめました。

「ごめんね、ベニナギナタタケ。私はそんな過去があっただなんて知らなかったんだ」
「カエンタケから私が離れるべきなのかもしれないと、考えた事もあるのです。けれど、人間は比べてみなければ理解しないもの。私とカエンタケが別の場所に生えていては、永遠に区別ができず被害が増すばかりでしょう。それならばいっそ、私はこの世の果てまでもカエンタケに添い遂げ、共に危険なキノコとして人の世に知られたい・・・!結局、どちらも食べなければ誰も死にはしないのです!」
「!?そんな!」
「秋の山で、私を見つけて喜ぶ人間の顔が好きだった。お吸い物の彩として季節を味わってもらうのが楽しかった。それでも、カエンタケの為なら、そんなことを犠牲にしても惜しくは無いと、私は・・・きっとあの燃えるような紅に魅せられてしまったのでしょう。初めて、出逢った時から」

ベニナギナタタケは涙に漬かった瞳をめぐらし、シロフクロタケにかすかに微笑みかけました。

「ありがとう、シロフクロタケさん。私を心配してくれて。でも赦して下さい。私は何もできません。食キノコとして山に帰ることも、あのスギヒラタケのように毒に転じる事も・・・できません。私が望むのはただ、もう一度太古の昔のように食毒不明のキノコとして・・・いいえ最早キノコなのかどうかも不明な叢の焔として、ただ山に咲く事だけで、す」
「?ベニナギナタタケ?」
「どう、か。あなたは、私のよう、には、ならない、で・・・ドクツルタ、ケさんと・・・おたがい、を・・・たいせつに、し・・・て・・・」

あまりに泣き濡れたせいでございましょう。
ベニナギナタタケの脆い肉は、ついに悲しみに耐えきれず崩れ始めたのでございます。
ほろほろと。ぼろぼろと・・・

「ベニナギナタタケ!?ベニナギナタタケっ!」
「やくそく・・・しあわ、せに・・・なっ・・・」
「ベニナニナニナ、タタケーっ!!」

シロフクロタケは噛みました。キノコですら「ベニナギナタタケ」を連呼するのは難しい事でございました。

・・・こうして。
ベニナギナタタケは崩れ、壊れて土となりました。キノコとはそういうものでございます。
ですが、キノコですから、またその辺にいくらでも生えるのであります。
続く話でベニナギナタタケは、何事も無かったかのように再び悲しく登場することでしょう。

まこと、キノコとは奇妙な生き物でございます・・・
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