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2007年1月8日設置 サイト→http://warakosu.syarasoujyu.com/
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あるところに下山咲(しもやまさき)という場所がございまして・・・

人が何かを望むように、キノコも何かを望みます。
人とキノコ、そこにさしたる違いはございません。
中には、決して叶わぬ望みを抱くキノコもございます。


あきらめる、べきでしょうか。
あきらめない、べきでしょうか。

どちらでも苦しくて、どこにも行き場が無い時に、キノコの心が変わるのです。

想いが、突然変異を起こすのです。





菌曜連続に逆方向で近づきつつあるドラマ
キノコな僕ら
第十六話 スギヒラタケ狂詩曲


「おはよう、シロフクロタケ」

スギヒラタケがもう一度言いました。
シロフクロタケは慌てて挨拶を返しました。

「おはよう、スギヒラタケ・・・だったね?」
「うん。ありがとう、覚えててくれて」

スギヒラタケは嬉しそうに笑いました。その手に、大きく鋭い杉の枝を握りしめて。
シロフクロタケは先ほどから、その異様な持ち物に目を奪われていたのでした。

「あの、スギヒラタケ。それ、どうしたの?」
「これ?これは、スギの大事な物だよ。スギは女の子だから、お散歩する時はこういうのが無いと不安なの。そうでしょう?」
「そう、なんだ」
「スギねえ、シロフクロタケのことずっと気になってたの。気になって気になって・・・昨日初めて見た時から気になってたの。それで、会いたいなあって思ってお散歩してたのよ。ねえ、すごいよね?会えたよ。ちゃんと」
「そ、そうだね。すごい偶然・・・あ、昨日はごめんね。ドクツルタケと話してるところ、私が邪魔しちゃったよね?」
「!ううん、いいの。スギ、それは全然気にしてないよ」

ふわふわと、可愛いキノコはまた笑いました。

「シロフクロタケはどこに行くの?お散歩?」
「私はカエンタケのところに行くんだ。昨日あの後ちょっと色々あって、すごくお世話になったから、お礼をしに」
「ふうん?カエンタケって、猛毒のキノコだねえ。・・・シロフクロタケは偉いね。毒キノコとも仲良くしてくれるんだねえ」
「そんな、そんな差別・・・しないよ」
「しない?」
「うん。食キノコだとか毒キノコだとか、そんなことで差別しないって、決めたんだ。菌種差別は絶対いけないってわかったから」
「そうなんだ。へぇ。じゃ・・・ドクツルタケとも、仲直りした?」
「!あれは私が悪かったんだもん。仲直りどころじゃないよ」
「どうして?ドクツルタケがあなたを毒にしようとしたんだよ?」
「それは、そもそも私のせいだったんだ。私が、ドクツルタケに酷い事を言ったから・・・」

シロフクロタケはなぜか心が焦るのを感じました。
小さく傘をかしげてこちらを見ているスギヒラタケに、何をどう説明しても伝わらないような、不思議な気持ちがしたのです。

「つまり、ドクツルタケを怒らせたのが私だから、謝らなくちゃいけないのも私なんだ。・・・もう謝ったかもしれない。たくさん謝ったような気がする・・・たぶん、ドクツルタケも許してくれてるんじゃないかなって思うんだけど。これもくれたし。でももちろん、後でもう一回ちゃんと謝るよ」

何気なく傘に手をやると、ふっさりしたシロツメクサの花が頷くように揺れました。
スギヒラタケが、じっとそれを見ていました。

「・・・きれいなお花ね」
「うん。本当にきれいなんだ。私が飾るなんて変なんだけど、ツマミタケママが無理矢理」
「それ、ドクツルタケがくれたの?」
「うん」
「・・・・いいな。シロフクロタケ、似合ってるよ。すごく似合ってるよ。いいなあ。スギはお花もらった事、なかった」
「スギヒラタケこそ似合いそうだよね、こういうの」
「・・・・ありがとう。でも、スギにはドクツルタケは、くれなかったから」
「いや、ドクツルタケってそもそもキノコに花をあげたりするタイプじゃないし。これも何でくれたのかよくわからないけど、もしかしたらツマミタケママが何か言ったのかな?あ、でもスギヒラタケはドクツルタケのことよく知ってるんだよね?昨日、すごく仲良さそうに見えた」
「スギはドクツルタケが好きなの。昔から」
「そうなんだ。昔から仲良いんだね」
「うん。・・・カエンタケの家、あっちかな。歩こうよシロフクロタケ。一緒に歩きながら、お話しよう?」

なぜ、シロフクロタケは頷いてしまったのか、後になってもそれはよくわかりませんでした。
ただ、ひたとこちらを見て訴えるようにそう誘ったスギヒラタケが、ひどく寂しげに見えたのです。
なんとなく、放っておけない気がしましたし、シロフクロタケは他菌を放っておけない性格でありました。
そこで、うん、と言ったのです。

「スギのおうちはねえ、昔はドクツルタケのおうちの近くだったの」

歩きながら、スギヒラタケは夢を見るように語りました。

「だけどねえ、ドクツルタケがお引越ししちゃったの。いなくなっちゃったの。スギ、寂しくて毎日泣いてた。そのうち、スギがおうちにしていた樹がすっかり腐って崩れちゃって、スギもそこを離れるしかなくなったの。そうしたら、スギはたくさんの人間に食べられるようになった」
「スギヒラタケも食キノコだったんだね。私もだよ。って、もう知ってるんだよね。スギヒラタケはどんな料理になるのが好きだった?私はやっぱりキノコ鍋・・・」
「スギはいや!!」
「!」
「人間に採られるのなんていや!いや!いや!」
「そ、そうなんだ。ごめん・・・」
「違うところへ行ってわかったの。それまでスギのところに人間が来なかったのは、そこがテングタケの土地だったからなのよ」
「テングタケ、ってあの毒キノコの名門の?」
「そう。ドクツルタケのおうちがテングタケ家なのよ。あれえ?知らなかったの?ドクツルタケはテングタケ科の中でも一番強い毒キノコだよ?」
「し、知らなかった・・・考えた事もなかった。そっか、ドクツルタケってテングタケ科・・・エリートじゃん。意外!」
「そうなの。ドクツルタケはすごいのよ。うふふふ・・・だけど、おうちのえらいキノコと喧嘩して出て行ったの。スギはずっとドクツルタケを探してた。ずっと。ずぅっと。ここにいるってようやくわかったときは本当に嬉しかった。すぐにここへ来て・・・来て・・・昨日まで、会わなかった。だって、ドクツルタケに会いに来て欲しいでしょう?スギがいるってわかったら、ドクツルタケはきっと会いに来てくれるはずでしょう?スギに会いたいって思っててくれたはずなんだよ。絶対に・・・だからね、スギ、待ってたんだよ」

パサッ!
行く先に枝垂れていた草の葉先を、スギヒラタケは鋭い枝で切り払いました。
わずかに残っていた朝露が飛んで、シロフクロタケの頬をかすりました。

「ねえ?待ってる間に、スギはいっぱい噂を聞いたの。ドクツルタケがこっちの方で生えてるって言う事も、シロフクロタケと仲が良いって言う事も、知ってたよ?よく誤食されるんだってねえ?」
「あー・・・うん。本当によく間違われるんだ。困るよね」
「ドクツルタケが可哀想だねえ?シロフクロタケと間違って食べられちゃうなんて」
「そ、うだね。言われてみれば、確かに・・・そうかも」
「でもシロフクロタケはいいね?ドクツルタケに似ていたら、人間は採らないねえ?」
「やっぱりそうかな?人間も注意はするよね」
「スギはね、似ているキノコってあんまりなかったの。ヒラタケもトキイロヒラタケも食用だから、だからひとりになったら誰も守ってくれなかった。自分でなんとかするしかなかった。それで、自分で、食べて食べて食べて・・・毒になったよ。毒になったらほっとしたけど、でも」

スギヒラタケの傘がわずかにまた、俯きました。

「でもね、泣けなくなっちゃった。泣くのが怖いの。泣いたらせっかく溜めた毒が外に出ちゃうよ。食べてる時、スギは泣かなかった。それどころじゃなかったから。毒になるのに一番大事なことは泣かないことなんだよ。だからシロフクロタケも泣いちゃだめだよ?泣かなかったら、ちゃんと毒になれるからねえ」
「わ、私は毒にならないよ?」
「なるよ。ドクツルタケがそうするつもりなら、ならなきゃだめだよ」
「違うんだ、あれは・・・あれは私が先にドクツルタケに毒キノコをやめろなんて言っちゃったからなんだ。だからドクツルタケが怒って言い返しただけで・・・いや、言い返したりも別にされてないや。うん?変だね・・・でもドクツルタケは私のこと、もう毒になんてしようとしてないと思うよ」
「・・・・毒キノコ、やめてって、それ、ドクツルタケに言ったの?シロフクロタケが?言ったの?」
「う、うん。ごめん」
「ドクツルタケ、なんて言ってたの?それ聞いた時」
「ええと・・・俺が毒キノコやめたらお前が人間に乱獲されるだろ、って、確かそんな風に言ってた」
「・・・・・そうなんだ」

つぶやいたスギヒラタケが、ぴたりと歩みを止めました。
シロフクロタケもつられて、その後ろに佇みました。
シロツメクサの花がふうわりと揺れて、振り向いたスギヒラタケはシロフクロタケではなく、その花を見ているようでした。
何か言わなければいけない気がして、シロフクロタケは一生懸命言いました。

「ドクツルタケって時々すごく優しいけどさ、でも、何考えてるかわからないところあるから、本気で言ったのかどうかはわからないよね。本音は、単にめんどくさいから嫌だっていうだけかもしれないし!」
「・・・・シロフクロタケはなんにもわかってないんだねえ」
「え?」
「ドクツルタケは、あなたを毒にするためにスギのところに来たんじゃなかった。自分が毒キノコをやめる方法を見つけたいから来たって、毒になる方法がわかるなら毒をやめる方法もわかるかもしれないから来たって、言ってた」
「・・・・え?」
「可哀想だねえドクツルタケ。本当に可哀想。シロフクロタケと間違われて人間に採られるのに、シロフクロタケのために傍にいたのに、それなのにシロフクロタケから毒をやめろなんて言われたんだ。ねえ、どうして?どうしてそんなこと言ったの?スギはドクツルタケのこと、毒のままでも好きだった。今でもずっと好きなのに」
「あ・・・・」
「なんであなたが傍にいるの。なんであなたがお花をもらうの。スギが泣いてもドクツルタケは出て行った。スギにはお花をくれたことなんてなかった。そんな事、これまで気にしたこともなかったのに。今はあなたのせいで、とってもとっても気になるんだよ。ねえ、返して?ドクツルタケ返して?返して?返して?」
「返してって、言われても・・・」
「返してよぉっ!!酷い事言ったんでしょ!?だったらいらないってことだよねえっ!?スギはそんなこと絶対言わない!なんでスギじゃなくてあなたなの!?なんであなたが嫌われないの!?スギは嫌いだよ!シロフクロタケなんか大っ嫌い!!返してよ!!ドクツルタケ返してよ!!あなたがいなければ、ドクツルタケはスギのものだったはずなんだよ!?あなたがいなければ!あなたさえいなければ!!いなくなってよシロフクロタケなんか・・・シロフクロタケなんかあっ!!」

スギヒラタケの絶望がひときわ高く響き、白いその両手が杉の枝をふりかぶるのを、シロフクロタケはただ呆然と眺めました。
鋭い刃が上がる様は、まるで夢の中のもどかしい動きのように現実味もなく、ゆっくりと感じられたのです。
しかし。

「!シロっ!!!!」

突然、横手から飛んできた声が彼女を動かしました。

「!ドクツ・・・」

「死んじゃええええぇぇえーっ!!!」

杉の枝が振り下ろされたのは、その瞬間でございました。



まこと、キノコ達はどうなってしまうのでございましょう・・・

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