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2007年1月8日設置 サイト→http://warakosu.syarasoujyu.com/
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あるところに下山咲(しもやまさき)という場所がございまして・・・

人間の生きる傍ら、キノコ達がにぎやかに生きておりました。

が。

今、死にかけております。








菌曜連続に戻ったドラマ
キノコな僕ら
第十七話 菌急車


狂騒の後に落ちた静けさは、菌糸の先まで凍るような、冷たく張り詰めたものでした。

白いキノコが一本、立っております。
その下に、もう一本白いキノコが、倒れております。

「・・・シロ」

と、ドクツルタケが言いました。
土の上から、必死にかすれた声を絞り出すようにして。

「お前、けが・・・ないか?」
「・・・ドクツルタケ?」

シロフクロタケは呆然と立ったまま彼を見下ろしていました。
何が起きたのか、すぐにはわからなかったのです。
彼女を我に返らせたのは、目の前から上がった甲高い悲鳴でありました。

「あ、あ、あああああああ!!」

スギヒラタケです。

「ああああああ!!!ああああああああーーっ!!!」

彼女は鋭い杉の枝を握りしめたまま、絶望的に叫んでいるのでした。
シロフクロタケはそれを見て、またもう一度ドクツルタケに目をやりました。
シロツメクサの花の下、ほのかに薄紅の差していた傘が、そこで一気に青ざめたのでした。

「ドクツルタケっ!やだ・・・やだよっ!!」

スギヒラタケが振りかぶったあの一瞬に、ドクツルタケはシロフクロタケの前へと飛び込んだのです。杉の枝は彼の傘をかすめ、真っ白の柄に突き刺さりました。
深く、深く。

「なんで、ドクツルタケ、なんでっ!!」
「・・・だって・・・お前が、危なかったから・・・」
「!杉の葉がまだ刺さって・・・!痛い!?痛いよねドクツルタケ、抜く!?」
「いや、ちょ・・・痛い!お前、ちょっと、あんま触るなっ・・・うっ」
「ドクツルタケっ!?ねえスギヒラタケ、お医者様呼んで!?スギヒラタケっ!」
「あああああああ!!」
「スギヒラタケぇっ!」
「シロちゃんっ!!!!」
「!ママぁっ!!」

新たに駆けこんで来たツマミタケママの姿を見るや、ついにシロフクロタケは泣きだしました。
ツマミタケはその場のただならぬ様子に、雷でも走ったかのごとく托枝を尖らせ、誰よりも轟きわたる悲鳴をあげました。
傷に障ったのでしょう、ドクツルタケが心なしかよりぐったりしたようです。

「どういうコトなのッ!!!なんなのッ!!何があったのぉぉぉぉぉぅ!!?」
「ママ、ママ、ドクツルタケが死んじゃうようっ!」
「ドクツルちゃんっ!?!?ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!大怪我じゃないのっ!!死んじゃう!?死んじゃうのッ!?嘘よダメよそんなの絶対ダメよぉッ!!菌急車よッ!!菌急車を呼ぶのよッ!!」
「き、菌急車?ど、どうやって、よぶのっ?」
「どっか近くで電話貸してもらうのよッ!!ここから一番近いおうちはどこッ!!?」
「おうち・・・ちかく・・・あ、カエンタケっ!」
「カエンタケちゃん!?ベニちゃんちねっ!?アタシ行ってくるわ!!シロちゃん、ドクツルちゃんを頼んだわよぉぉぉーッ!!」
「う、うんっ」
「すぐ戻ってくるわーーーーーッ!!!」



・・・その頃。ベニナギナタタケではなくカエンタケの家では、良く眠れもしなかったという顔をした主が居間に出て来たところでした。
ベニナギナタタケはとっくに起きて支度をして、慎ましく座っておりました。

「・・・早ぇなベニ」
「!・・・おはようございます」
「眠れたかい」
「は、はい・・・」
「やめな。嘘が下手だお前ぇは」
「・・・・。あ、あの、お食事ができております。どうぞ、座って」
「ん?ああ・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・やめだ。俺ぁどっか余所で食ってくる」
「えっ?あ、あの、待ってカエンタケ!待って下さ・・・!」

「カエンタケちゃああああああああああああああん!!!!!大変よぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「・・・余所行くのもやめだ。俺ぁもう一回寝る。つうかなんで俺まで気色悪い呼び方してやがるんだオイ・・・」
「カエンタケちゃんッッ!!いたわねッッ!!」
「いねえよ」
「大変なのよッ!!激ヤバなのよぅッ!!あらっ!?何なのアンタたちッ!?なんでベニちゃんにご飯作らせてるのカエンタケちゃんッ!?もしかしてもう夫婦なのッッ!?」
「喰い殺されてぇか腐れキノコ。これぁベニが好きでやってんだ」
「あ、あの、私は置いていただいている身ですから、お食事の支度くらいはせめて・・・」
「お掃除はッ!?」
「えっ?あ、お掃除もいたしますけれど・・・」
「お洗濯はッ!?」
「お洗濯も、いたします」
「結婚はッ!?」
「けっこん・・・・結婚!?そ、それは、いたしてませんっ!」
「んまぁーーーーーーーッッッ!!!最低だわッ!!乙女の純情をなんだと思ってるのカエンタケちゃんッッ!!!」
「おいうるせえの。十数える間に失せろ。その汚ぇ托枝、叩き潰されたくなかったらな。一、二ィ、三・・・」
「ちょ、ちょっと、違うのよッ!!それどころじゃないのよッ!!本当に大変なのよドクツルちゃんがッッ!!」
「六、あいつらの茶番見ンのはもうごめんだ。七、八・・・」
「茶番じゃないわッ!刺されたのよぅッ!!」
「九・・・・・なんだと?」
「あっちで倒れてるのよッッ!なんかよくわからないけど色々あって、たぶんスギヒラタケにやられたのよぅ!!アタシがここに来たのは菌急車を呼んでもらうためなのよ、わかるッッ!?」
「わかるわけねぇだろそれをさっさと言え!!!おいベニ、ここに呼んどきな。俺ぁドクツルを連れてくる」
「は、はいっ!」
「場所どこだうるせえの!」
「あっちよ!あっちとそっちの間のあっちよ!」
「クソっ、全然要領得ねぇ・・・!」


というわけで、カエンタケは家を飛び出しました。
一方、ドクツルタケはシロフクロタケの膝に傘を抱かれて、痛みに耐えておりました。
彼が痛かったのは傷よりも、

「ドクツルタケ・・・ドクツルタケ、しっかりしてっ」

シロフクロタケの泣き顔でございました。

「シロ・・・ごめん、俺・・・お前泣かせてばっか・・・」
「今、いま菌急車呼んだから・・・すぐに来るよ、ドクツルタケっ」
「・・・シロ。スギヒラタケは・・・?」
「え?」
「スギヒラタケ・・・いるか?」

スギヒラタケはおりました。
とうに叫ぶのをやめて、ただただ震えている小さなキノコが。
彼女はシロフクロタケと目が合うと、必死にかぶりをふりました。

「スギ・・・スギ、わるくないよ・・・っ」
「スギヒラタケ、ドクツルタケが」
「スギはわるくないよっ!シロフクロタケが・・・シロフクロタケがわるいんだもん!スギはわるくない!」
「ねえ聞いてよ。ドクツルタケがスギヒラタケに何か言いた・・・」
「ドクツルタケ、死んじゃうの・・・?」
「!や、やめてよっ」
「死んじゃったらどうしよ・・・どうしよう?スギ、のせいなの?スギわるくないよ?でも、でもドクツルタケ死んじゃったらどうしよう。どうしようっ。どうしたらいいのっ!?」
「やめてよっ!そういうこと言わないでよ、死んじゃうなんて、そんなの、ないよっ!!」
「・・・・シロ・・・スギヒラタケ、逃がせ」
「ドクツルタケ!嘘だよねっ!?死んじゃったりしないよねっ!?」
「しない。しないから・・・・早く、スギヒラタケ・・・このままじゃそいつ、菌察につかまって・・・」
「ドクツルタケぇっ!」
「・・・いや、だから・・・」
「ドクツルタケ、死んじゃうの?死んじゃうんだ?スギのせいなの?ねえシロフクロタケ、ドクツルタケ死んじゃうのっ!?どうすればいいのっ!?死んじゃうんだよね!?死んじゃうんだよねえっ!?」
「やめてってばあっ!!死んじゃうなんて嫌だよっ!!そういうこと言わないで!!言わないでよぉっ!!」
「・・・・・・・・」

スギヒラタケは黙りました。そしてドクツルタケも黙りました。パニックになった少女二人に言っても聞いてもらえないことがよくわかったからでした。

「・・・・シロ」

しかし、しばらくして、またそっと声を出したのです。

「なに?どうしたのドクツルタケ?痛い?」

心配そうにのぞきこむシロフクロタケを、彼は眩しげに見上げました。

「その花・・・」
「これ?ドクツルタケがくれたやつだよ?そうだよね?」
「・・・似合ってる」
「ドクツルタケ?」
「・・・お前・・・今なら、聞いてくれる・・・かな・・・」
「え?なに?ドクツルタケ?」
「俺・・・お前のこと・・・・」

「シロっっちゃあああああああーーーーーーんっっ!!!!」

「!ツマミタケママぁっ!!こっち!こっちだよぉっ!」
「!!カエンタケちゃんッ、あっち、あっちよぉッ!!」
「うるせえな、わかってる!おいドクツルタケ!しっかりしろっ!!くそっ、駄目だ、意識なくしてやがる」
「!?嘘っ!今までずっと起きてたんだよっ!?ドクツルタケ、ドクツルタケ、なんでっ!?やだよなんでぇっ!?」

よほど心を砕かれぐったりするような何かがあったのでしょう。今。

「スギヒラタケ!」

カエンタケが、傍で震えているキノコを見つけました。

「てめえがやったのか。いつまでそんなもん持ち歩いてやがる!寄越せ!」
「!」
「こんな得物振り回しやがって・・・・とっとと失せろ!!。二度とこの辺うろつくんじゃねえ!!」

怒鳴りつけられたスギヒラタケは、ほとんど透き通るほど色を失くして、林の向こうに駆け去って行きました。
カエンタケはとりあげた杉の枝を地面に叩き捨てました。
ツマミタケが不満げに言います。

「ちょっとッ、いいのぅ?あの子、逃がしちゃってッ」
「未練があんならてめえで追いかけな。それよりドクツルタケ運ぶぜ。手ぇ貸せ白いの」
「あ、ありがとう、カエンタケぇっ」
「泣くのは医者に診せてからにしろ。急ぐぞ。もうクモが来てる頃合いだ」
「クモ?」

それがつまり菌急車の俗称であることを、シロフクロタケはカエンタケの家について初めて知ったのでした。

「どうも、カエンタケの旦那」

と軽い挨拶をした淡い灰紫色のキノコは、ぎょっとするような蜘蛛蜘蛛しいクモを家の前に乗りつけて、ベニナギナタタケの出したお茶をすすりながら患者を待っておりました。
ボタンタケ目オフィオコルジケプス科、その名もクモタケ。蜘蛛に寄生し生える昆虫寄生菌でございます。
所謂、「冬虫夏草」の一種と言えば、人間にも通りが良いでしょうか。

「驚きましたよ、あんたが俺を呼ぶなんて。てっきり無茶のしすぎでどうにかなっちまったのかと思いましたが、見る限りはぴんぴんしてるじゃないですか。イタズラは困ります」
「お前ぇの目には俺しか入らねえのかい。患者はこいつに決まってるだろ、さっさと連れてってくれ」

カエンタケがドクツルタケを托枝の先で示すと、クモタケは長く丸い頭を揺らして分生子を舞わせ、いぶかしそうに見やりました。

「生きてます?」
「あたりめえだ。死んでるならお前は呼ばねえ」
「どういう筋の患者で?」
「事故で怪我して意識がねえ。治せるか」
「診立て間違えて後で恨まれても困るんで、そういうのは先生に任せる事にしてます。が、そうですね、俺が診る限りでは、事故の怪我じゃあなさそうですね」
「診立てねえのは正解だな。お前ぇはヤブだ。余計な事はいい。治るかどうかだ」
「運は良いんじゃないですか、丁度いい蜘蛛がいたんですから。ほらこいつ。寄生が浅けりゃここにつくのにまだ時間食ってますし、これ以上寄生が進んでたら、まあ、先生のとこに着く前に蜘蛛が死ぬんでね。やっぱり時間食いますよ」

クモタケに寄生されたトタテグモは、土に掘った巣の中に潜り込んで死ぬのでございます。増殖した菌糸が死骸を真っ白に覆うと、そこからにょきにょきとキノコが生え、伸びてゆきます。
なぜ、トタテグモが死ぬ前にキノコに都合のよいところへと行くのか、その謎はまだ解明されておりません。人間には。
もちろんキノコにとっては、キノコが操ってそうさせていることなど常識なのでございますが。

「じゃ、乗っけて下さい。そこの、蜘蛛の頭の上でいいです。大丈夫ですよ、脳までバッチリ寄生キメてるんで、噛みついたりしませんから」
「・・・縁起悪ぃなあ相変わらず」

カエンタケはぼやきながらドクツルタケを蜘蛛の菌急車に乗せました。

「はい出発しまーす」

まこと、実に色々なキノコがいるものでございます・・・
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