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2007年1月8日設置 サイト→http://warakosu.syarasoujyu.com/
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あるところに下山咲(しもやまさき)という場所がございまして・・・

そこには今日は、雨が降っているようでございます。




菌曜連続だったドラマ
キノコな僕ら
第九話「優しい傘を持つ男」


シロフクロタケという少女は、どうも色々なキノコの目にとまるようです。白く、草地に生えやすく、見つけやすいからでしょうか。

「・・・君、もしかして迷子?」

今も一本のキノコが、ぼんやりしている彼女の上に葉傘をさしかけてきました。
葉傘というのはキノコにとって人間の傘のような役目をする葉のことでございます。
シロフクロタケはびっくりして振り向きました。

「だれ?」
「あ、俺はカラカサタケって言うんだけど。あやしい菌じゃないよ?」

それは背の高い、灰褐色の傘をしたキノコでした。柄の表皮がなんとなくボロくさいものの、大らかで優しい雰囲気をして、本菌の言うとおりどうみてもあやしい菌には見えませんでした。
シロフクロタケはほっと息をつきました。それからぶるっと震えました。いつの間にかすっかり体が冷えていたのです。
カラカサタケが心配そうに言いました。

「カビが生えるよ。キノコだからって、油断してたらカビるからね」

・・・多少暴言に聞こえるかもしれませんが、人間で言うところの「風邪をひく」程度のニュアンスでございます。

「君がナメコじゃ無いのは見てわかるけどさ、でもあんまり冷え過ぎると君だって一次菌糸に戻っちゃったりするかもしれないよ。カビが生えるのは困るだろう?もう夜だし、おうちに帰ったほうがいいと思うよ」
「・・・・・」

キノコは胞子が発芽して一次菌糸となり、それが他の遺伝子を持つ菌糸と結合することによって二次菌糸となります。一次菌糸でクローン増殖、二次菌糸で有性生殖を行う実に効率的な生き物なのでございますが、時によって二次菌糸まで成長しながら一次菌糸に退行することがございます。
一次菌糸はカビに感染しやすいこと、また、いわゆる「きのこ」は二次菌糸でしか作られないことから、この原因不明の一次菌糸退行は、キノコ栽培の・・・特にこれが起きやすいナメコの栽培の大きな問題となっているのでした。
余談でございます。

「あ、良かったら俺、送って行こうか?暗いから一菌で歩くの危ないかもしれないし。・・・って言っても、俺も別にそんな頼りになるキノコじゃないんだけど。今うちに来てる友達なら凄く頼りになるから、あいつに頼んであげようか。晩御飯食べたら君を送ってってくれるよ。どう?」
「・・・・・」

いきなり色々と言われて、シロフクロタケは何と答えていいかわかりませんでした。
ただ、晩御飯と聞いたせいでしょう、ぺたんこの腹が、かわりにくうと返事をしました。
キノコでもキノコなりに腹の虫は鳴るのです。
カラカサタケがぱっと笑顔になりました。

「もしかして、お腹すいてる?」
「・・・・・」
「俺さ、ほら、今買出し行ってきたところ。これからあいつと鍋パーティーしようってことで、足りない材料買って来たんだ。二菌には多すぎるくらいだから、君も参加しない?」
「・・・・でも」
「遠慮しないで。どうせ男ばっかりだし、人数多い方が盛り上がっていいよ。ね、うちで体乾かしてご飯食べて、それで送ってってもらいなよ。ね?」
「・・・・・・うん」

シロフクロタケは頷いてしまいました。
お腹が空いていたのもありましたし、良くまわりを見てみると、考えこんで歩いているうちにあまり知らないところへ来てしまっていたことに気づいたのでした。
暗闇の中、一菌で帰る自信はありません。
シロフクロタケは、上機嫌のカラカサタケの隣にならんで、彼の住処へとついていったのでございます。

カラカサタケの家は、竹のすくすくと並んだ藪の中にありました。
のっぽのキノコは玄関口を入るなり、声を張り上げて友人を呼びました。

「ただいまあ!ね、カエンタケ、ちょっと頼みがあるんだけどさ!」
「ンだぁ?ったく帰った早々、お前ぇはうるせえ奴だなアホカサ・・・」
「!!!!」
「あン?お前、シロフクロタケじゃねえか」

入ってすぐに全体を一望できる狭くるしい部屋の中、この季節まで出しっぱなしのコタツに胡坐をかいて生えていたのは、炎のような赤いキノコでありました。

「か、か、か、カエンタケっ!!?」

シロフクロタケは叫びました。

「あれ!君ら、知り合い?」

カラカサタケが呑気に訊ねました。
初めてシロフクロタケが元気な声を出したので嬉しかったのでしょう。そこに含まれる恐怖や狼狽には胞子の粒ほども気づいていませんでした。

「君、シロフクロタケ君っていうんだ。アハ、まだ名前聞いてなかったね。ごめんね」
「な、なんで、なんでカエンタケがここにっ」
「居ちゃあ悪ぃか。なんではこっちの台詞だ。おいカラカサ、そいつどうして連れて来た」
「え?だって、お腹空いてるっていうから。外暗いしさ、道に迷ってたっぽいし、一菌で歩かせたら危ないかなって。晩飯食べたらこの子送ってってあげてよカエンタケ」
「いやっ!」

と、言ったのはシロフクロタケです。
カラカサタケはうろたえました。

「え、え?なんで?君ら知り合いじゃないの?」
「いいかアホカサ。知ってはいても親しかねえっつう関係がこの世にはあンだよ。これがそれだ」
「えー?何だよそれ。いいじゃん、一緒に鍋食べたらもう友茸だろ。ほらシロ君、こっちおいでよ。あ、シロ君って呼んでいいかな?シロフクロタケ君じゃ長くて」
「・・・おいアホカサ、お前ちょっとこっち来い」
「え、なに?」
「いいから来い」

カラカサタケは不思議そうにカエンタケのところまで行きました。
カエンタケは彼に何やら耳打ちしました。
何を囁いたのかは、続くカラカサタケの絶叫によって明らかとなりました。

「え、えええええっ!?シロく・・・いや、シロちゃんって、女の子だったの!?」
「!!!!」
「っドアホカサっ・・・お前、何のために俺がここまで呼んでやったと・・・!」
「!あ、ご、ごめ!ごめん、ほんとごめんカエンタケ!」
「俺はいいから向こうに謝れ!」
「!!ごめ、ごめんねシロちゃん!ほんっとごめん、俺そういうのほんと疎くて!」
「・・・・いいんです。慣れてます。どうせ、知り合いの男子と誤食されたりしてるんだしっ」
「いや、俺が悪い!俺ほんと鈍感なんだよ、なあカエンタケ!?俺、物凄く鈍感だよねえ!?」
「あーそうだ、女には疎いわ、表皮がついてこれねえくらいむやみに成長してひび割れ起こすわ、外皮膜ちゃんと落さねえで傘がフケだらけになるわ、お前ぇはよくよく鈍いキノコだ」
「そ、そこまで言うなよぉ、女の子の前で」
「今更何言ってんだ」
「まいったな、こんな時間に男ばっかりの部屋に女の子連れ込むなんて、俺、最低だ」
「今時何言ってんだ」
「シロちゃん、今からでも遅くない!おうちに帰ろう!俺もカエンタケも責任持って送っていくから!」
「おい勝手に決めんな。いいから落ちつけやアホカサ。この面子で間違いなんざ起こらねえよ。そいつだって幼菌じゃねえんだ、手前のことは手前でできらぁな。そうだな、シロいの」
「・・・シロフクロタケ、だ」
「いつまでも膨れてんじゃねえや、お前の柄が寸胴なのが悪ぃんだろうが」
「!!!!」
「カエンタケっ!なんで君はそんなに口が悪いんだ!そんなだからベニちゃんと喧嘩するんだぞ!」
「それとこれとは関係ねえ。おい、鍋やるならさっさと作れよ。燗はとっくにできてんだ、俺ぁ先に始めてるぜ。酒が茹っちまう」
「あ、ちょ、ちょっと待てよ、今材料用意するって・・・」

カラカサタケは慌てて買ってきた袋を開けようとし、慌て過ぎてその全てを床にぶちまけました。
シロフクロタケがそれを拾い集め、むすっとしたまま言いました。

「・・・手伝います」
「ほ、ほんと?料理手伝ってくれるの、シロちゃん!優しいなあ、やっぱり女の子だね!」
「・・・・・」
「わぁ、ちゃんと丁寧に洗ってくれて、えらいなあ。俺たちがやると雑だからさ、泥だらけのまま鍋に突っ込んでるようなもんだよね!やっぱり女の子って違うなあ!」
「・・・・・」
「うんうん、包丁持つ手つきも俺より断然サマになってるよ!慣れてるっていう感じがする!やっぱり女の子・・・」
「あたっ!」
「・・・・・・・・」
「・・・・・いったー・・・」
「ほ、包丁が手に合わなかったのかなあ!女の子が持つにはちょっと大きすぎるって俺思ってたんだよねえ!だからほんと、なんか、その・・・えっと・・・大丈夫?」
「お前ぇ、もう黙った方がいいんじゃねえかアホカサ」

酒をすすりながら、色々あきらめたようにカエンタケが言いました。

まこと、キノコ達は騒々しいものでございます・・・
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